TRENDIA CLASSIC

銭形平次捕物控

野村胡堂

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「八、目黒の兼吉親分が来ていなさるそうだ。ちょいと挨拶をして来るから、これで勘定を払っておいてくれ」

銭形の平次は、子分の八五郎に紙入を預けて、そのまま向うの離屋へ行ってしまいました。

目黒の栗飯屋、時分どきで、不動様詣りの客が相当立て込んでおります。

「姐さん、勘定だよ。何? 百二十文。酒が一本付いているぜ、それも承知か。廉いや、こりゃ」

ガラッ八は自分の懐みたいな顔をして、鷹揚に勘定をすると、若干か心付けを置いて、さて妻楊枝を取上げました。

ぬるい茶が一杯。

景色を見るんだって、資本をかけると何となく心持が違います。

「ちょいと、伺いますが、あの銭形の親分さんは?」

優しい声、耳に近々と囁くように訊かれて、ガラッ八は振り返りました。二十前後の大店の若女房といった女が、少し顔を赧らめて、尋常に小腰を屈めるのでした。

「親分は向うへ行ってるが、なんだい、用事てえのは?」

「あの、銭形の親分さんのところの、八五郎さんというのはあなたで――」

「よく知っているな、八五郎は俺だ」

「確かに八五郎親分さんで――」

「八五郎親分てえほどの貫禄じゃねえが、銭形の親分のところに居る八五郎なら俺に間違いはねえ。本人が言うんだから、これほど確かなことはあるまい」

ガラッ八は古風な洒落を言って、長い顎を撫でました。

「それじゃこれを、そっと銭形の親分さんへお手渡し下さいませんか」

八五郎に握らせたのは、半紙半枚ほどの小さく畳んだ結び文。

「あッ、待ちねえ。親分ときた日には江戸一番の堅造だ。こんなもの取次ぐと、俺は殴り倒されるぜ」

追っかける八五郎の手をスルリと抜けて、女は店口から往来の人混みの中へ、大きな蝶々のように身を隠してしまいました。

「冗談じゃねえ、岡っ引へ付け文する奴もねえものだ。これだから当節の女は嫌いさ」

ガラッ八はでっかい舌鼓を一つ、四方を見廻しましたが、さて、その結び文を捨てる場所もありません。

「ままよ、どうとも勝手になれ」

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