銭形平次捕物控
本文約12,300字 ・ 読了時間 約25分
あらすじ(AIが作成しました)
飯田橋の丁子風呂で、若い娘・お新が浴槽の中で刺殺体として発見される。捕物の名人・銭形平次は、現場の不可解な状況から、この凄惨な事件の背後に潜む犯人の影を追う。銭湯の天窓から狙った巧妙な犯行の真相を突き止めるため、平次は関係者の証言を丹念に紐解き、男の抱える因縁と、誤認が招いた連続の悲劇を解き明かしていく。江戸の市井に渦巻く愛憎と、平次の鮮やかな推理を描いた捕物帖である。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
元飯田橋の丁子風呂の女殺しは、物馴れた役人、手先もたった一目で胸を悪くしました。これほど残酷で、これほど巧妙で、これほど凄い殺人は滅多にあるものではありません。
少し順序を立てて話しましょう。
滅法暑かった年のことです。八朔から急に涼しくなりましたが、それでも日中は汗ばむ日が多いくらい、町の銭湯なども昼湯の客などは滅多にありません。わけても女湯はガラ空きで未刻(午後二時)から申刻(四時)までに入る客というのは、大抵決った顔触れと言ってもいいくらいでした。
旗本のお妾のお才が出て、町内の金棒引――家主の佐兵衛の女房で、若くて少しは綺麗なのが自慢の――お六が入ったのはちょうど未刻半(午後三時)、番台に誰も居なかったので、
「ちょいと、今日は。誰も居ないのかえ、気楽ねえ」
そんな事を言いながら、着物を脱いで、少し乾いた流しを爪先歩きに石榴口から静かに入りました。
そこまでは無事でしたが、間もなく、
「あッ、た、大変ッ」
お六は鉄砲玉のように石榴口から飛出すと、流しに滑って物の見事に仰け反りました。
「どうなすったんです、御新造さん」
番台へ登ろうとしていた丁子風呂のお神さんと、釜前に居た三助の丑松は、両方から飛んで来てお六を抱き起しました。
「お怪我をなさいませんか」
よくある奴で、流しへ滑って転んだとばかり思い込んだのです。
「あッ血」
起してみると、お六の半身を桃色に染めて、紛れもない血潮。
「中に、人が」
お六は上半身を起して一生懸命石榴口を指しますが、あまりの驚きに、口もきけません。
「浴槽の中に、何かあったんですか」
三助の丑松は、お六をお神さんに任せて、石榴口から中を覗きました。
「あッ死んでいる」
薄暗い浴槽の中ですが、慣れた眼には、たった一と目で、その中に若い女が、俯きになって、上半身を沈めているのが判ったのです。
「どうしたのさ」
お神さんも続いて覗きました。三助の丑松はそれを少し退かせて、油障子の天窓から入る、午後の陽を一パイに石榴口から入れて見ると浴槽の中は、さながら蘇芳を溶いたよう、その中に、上半身を沈めた恰好になって若い女が死んでいるのですから、その凄さというものはありません。