TRENDIA CLASSIC

銭形平次捕物控

野村胡堂

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新吉は眼の前が真っ闇になるような心持でした。二年越し言い交したお駒が、お為ごかしの切れ話を持出して、泣いて頼む新吉の未練さを嘲るように、プイと材木置場を離れて、宵暗の中に消え込んでしまったのです。

――父親が聴いてくれないから、末遂げて添う見込みはない。出世前のお前さんに苦労をさせるより、今のうちに切れた方がいい――というのは、十八や十九の若い娘の分別というものでしょうか。

――父親が不承知は今に始まったことではない、版木彫りの下職に、なにほどの出世があろう――と詰め寄ると、お駒は唯もう父親の不承知一点張で、取付く島もないような冷たい顔をして、――これからは逢っても口を利いておくれでない、つまらない噂を立てられると、お互のためにもならないから――そんな念入りな事まで言って、美しいおもかげだけを残して、一陣の薫風のように立去ったのでした。

「新さん」

不意に、後ろから声を掛けた者があります。

「…………」

黙って材木から顔を離して振り返ると、肩のあたりへ近々と、お駒の継母のお仙が、連れ子の少し足りない定吉と一緒に、心配そうに立っているのでした。濡手拭を持っているところを見ると、町内の銭湯へ行った帰り、夜遊びに出た愚かな倅と一緒になったのでしょう。もう十九にもなる定吉は母親の後ろから顔を出して、大の男の泣くのを、世にも不思議そうに眺めております。

「新さん、お前さんは可哀想だね。――聴いちゃ悪いと思ったけれど、出逢頭で、逃げることも隠れることも出来ないんだもの、みんな聴いてしまったよ」

「…………」

「あの娘はね、あのとおりの気性者だから、お前さんの気持も考えずに、ポンポン切れ話をするんだろう」

「…………」

「新さん、お前さんの前だから言うんじゃないが、私は蔭ながら随分骨を折った積りさ。生さぬ仲の遠慮はあるにしても、あんまり勝手で見ていられないから、――どんな事があっても、新さんを捨てちゃ冥利が悪い、もう一度考え直すように――ってネ」

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