銭形平次捕物控
本文約14,300字 ・ 読了時間 約29分
あらすじ(AIが作成しました)
奥州の大藩で起きた居城修復絵図面の紛失と、棟梁の自害という難事件を扱う。家老の石津右門と留守居の大垣伊右衛門は、藩の存亡に関わるこの事態を解決するため、岡っ引の銭形平次に知恵を借りる。平次は独自の推理で真実を突き止め、大名が参勤交代を怠る現状を憂う大垣が仕組んだ苦渋の策略と、その過程で起きた惨劇の全貌を明らかにする。平次は一藩の危急を救い、複雑な人間模様が絡む事件を解決へと導く。
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一
「親分、大変な野郎が来ましたぜ」
ガラッ八の八五郎は、拇指で自分の肩越しに指しながら、入口の方へ顎をしゃくってみせます。
「大変な野郎――?」
銭形の平次は、岡っ引には過ぎた物の本に吸い付いて、顔を挙げようともしません。
「二本差が二人――」
「馬鹿野郎、御武家を野郎呼ばわりする奴があるものか、無礼討にされても俺の知ったことじゃないぞ」
「でもね親分、立派な御武家が二人、敷居を舐めるようにして、――平次殿御在宿ならば御目にかかりたい、主人姓名の儀は仔細あって申し兼ねるが、拙者は石津右門、大垣伊右衛門と申すもの――てやがる。まるでお芝居だね、へッ、へッ、へッ、へッ」
ガラッ八は箍の抜けた桶のように、手の付けようのない馬鹿笑いをするのです。
「御身分の方だろう、丁寧にお通し申すんだ。――その馬鹿笑いだけなんとか片付けろ、呆れた野郎だ」
小言をいいながら平次は、取散らかした部屋の中を片付けて、少し煎餅になった座蒲団を二枚、上座らしい方角へ直します。
「これは、平次殿か、とんだ邪魔をいたす。拙者は石津右門――」
「拙者は大垣伊右衛門と申す者」
二人の武家は開き直って挨拶するのです。――石津右門というのは、五十前後の鬼が霍乱を患ったような悪相の武家、眼も鼻も口も大きい上に、渋紙色の皮膚、山のような両肩、身扮も、腰の物も、代表型な浅黄裏のくせに、声だけは妙に物優しく、折目正しい言葉にも、女のような柔かい響きがあります。
大垣伊右衛門というのは、それより四つ五つ若く、これは美男と言ってもいいでしょう、秀でた眉、高い鼻、少し大きいが紅い唇、謡いの地があるらしい錆を含んだ声、口上も江戸前でハキハキしております。
「私が平次でございますが――御用は?」
平次は静かに顔をあげました。
「外ではない。町方の御用を勤める平次殿には、筋違いの仕事であろうが、人間二人三人の命に係わる大事、折入って頼みたいことがあって参った――」
石津右門は口を切るのです。