一
「親分、近頃つくづく考えたんだが――」
ガラッ八の八五郎は柄にもない感慨無量な声を出すのでした。
「何を考えやがったんだ、つくづくなんて面じゃねえぜ」
銭形平次は初夏の日溜りを避けて、好きな植木の若芽をいつくしみながら、いつもの調子で相手になっております。
「大した望みじゃねえが、つくづく大名になりてえと思ったよ、親分」
「何? 大名になりてえ、大きく出やがったな、畜生ッ」
平次はそう言いながら、楓林仕立ての盆栽の邪魔な枝を一つチョンと剪りました。
「第一、お小遣に困らねえ」
「なるほどね、大名衆がお小遣に困った話はまだ聞かねえ」
平次もそんな事を言うのです。植木に夢中になって、八五郎の哲学などは、どうでもよかったのでしょう。
「お勝手元不如意と言ったところで、こちとらのように、八文の湯銭に困るなんてことはねえ」
「余程困ると見えるな、八」
「ヘエ、お察しの通りで」
八五郎は、ポリポリ頸筋を掻きました。
「呆れた野郎だ。大名高家を引合いに出して、八文の湯銭をせびる奴もねえものだ」
そう言いながらも平次は、お静を眼で呼んで、あまり沢山は入っていそうもない自分の財布を持って来させるのでした。
「済まねえ、親分、湯銭と髪銭と、煙草を一と玉買いさえすりゃいいんで、――そんなに要りゃしませんよ」
「まア、取っておくがいい。大名ほどの贅は出来めえが、それだけありゃ、町内の人参湯で一日茹っていられるだろう」
「へッ、済まねえなア、――それじゃ借りて行きますよ。ね、親分、お小遣はまア、親分から借りるとして」
「まだ不足があるのかい」
「大名の話の続きだが、――夏冬の仕着せにも不自由はなく」
「仕着せだってやがる」
「質屋の出し入れがないだけでも、どんなに気が楽だか解らねえ。その上、出入りはお駕籠、百姓町人に土下座をさせて、気に入らねえ奴があると、いきなり無礼討だ」
「気に入った女は、いきなりしょっ引いてお部屋様だろう」
「そ、それを言いたかったのさ、ね、親分」
ガラッ八は少し相好を崩して長い顎を撫でます。
「馬鹿野郎、またどこかの小格子の化け損ねた狐のようなのにはまり込みやがったんだろう」