一
「平次、頼みがあるが、訊いてくれるか」
南町奉行配下の吟味与力筆頭笹野新三郎は、自分の役宅に呼び付けた、銭形の平次にこう言うのでした。
「ヘエ、――旦那のおっしゃることなら、否を申す私ではございませんが」
平次は縁側に踞ったまま、岡っ引とも見えぬ、秀麗な顔を挙げました。笹野新三郎には、重々世話になっている平次、今さら頼むも頼まれるもない間柄だったのです。
「南の御奉行が、事をわけてのお頼みだ、――お前も聞いたであろう、深川木場の甲州屋万兵衛が今朝人手に掛って死んだという話を――」
「ツイ今しがた、溜にいる八五郎から耳打をされました。あの辺は洲崎の金六が縄張で――」
「それも承知で頼みたい。――甲州屋万兵衛は町人ながら御奉行とは別懇の間柄、一日も早く下手人を挙げたいとおっしゃる――金六は一生懸命だが、何分にも老人で、届かぬ事もあろう、すぐ行ってくれ」
「畏まりました」
吟味与力に頼まれては、嫌も応もありません。平次は不本意ながら、大先輩洲崎の金六と手柄争いをする積りで、木場まで行かなければならなかったのです。
「八、手前が行くと目立っていけねえ、神田へ帰るがいい」
永代まで行くと、後ろから影のごとく跟いて来る、子分の八五郎に気が付きました。
「帰れと言えば帰りますがね、親分、あっしがいなきゃア不自由なことがありますよ」
八五郎の大きな鼻が、浅い春の風を一パイに吸って悠々自惚心を楽しんでいる様子です。
「馬鹿、大川の鴎が見て笑っているぜ」
「鴎で仕合せだ、――この間は馬に笑われましたぜ。親分の前だが、馬の笑うのを見た者は、日本広しといえども、たんとはあるめえ」
「呆れた野郎だ、その笑う馬が木場にいるから、甲州屋へ行くついでに案内しようという話だろう、落はちゃんと解っているよ」
「へッ、親分は見通しだ」
八五郎はなんとか口実を設けては、親分の平次に跟いて行く工夫をしているのです。
木場へ行くと、町内大きな声で物も言わない有様で、その不気味な静粛の底に、甲州屋の屋根が、白々と昼下りの陽に照されておりました。
「お、銭形の」