TRENDIA CLASSIC

銭形平次捕物控

野村胡堂

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「平次、狸穴まで行ってみないか、竹光で武家が一人殺されたんだが――」

与力笹野新三郎は、ちょうど八丁堀組屋敷に来合せた、銭形平次を誘いました。

「旦那が御出役で?」

「そうだよ。浪人者には違いないが、土地では評判の良い人物だ。放ってもおけまい」

八丁堀の与力が出役するのは、余程の大捕物で、いずれは殺された武家の旧藩関係に、厄介なことでもあるのでしょう。

「お供いたします。ちょうど、八五郎も参っておりますから」

「そうしてくれると都合がいい」

笹野新三郎は、銭形平次を信頼し切っております。土地の御用聞は、うるさい縄張のことを言い出しそうですが、与力のお声掛りで行く分には、文句の言いようはありません。

桜は八重、日和も陽気も、申分のない春でした。竹光で武家が殺されたという、煽情的な事件がなくとも、若くてハチ切れそうな平次は、江戸中を一廻りしたいような心持になっていたのです。

「やっとうの方はいけたんでしょうね、その浪人者は?」

平次は道々も竹光の事が気になってなりません。

「微塵流の遣い手で、さる大藩の指南番までした人物だそうだ」

「それが、竹箆で殺られたんですか」

「変っているだろう」

そんな事を言いながら、三人は芝山内から麻布狸穴へ、うらうらとゆらぐ、街の陽炎を泳ぐように辿っていたのです。

狸穴に着いたのは昼少し過ぎ、この辺は山の手の盛り場で商い家も多く、手軽な見世物や、茶屋、楊弓場などのあった時代ですが、一歩裏通りに入ると、藁葺のしもた家が軒を並べ、安御家人や、隠居屋敷、浪人暮しなどの人が、ささやかな畑を拵えて、胡瓜や南瓜を育てているといった、一種変った風物が特色でもあったのです。

「お待ち申しておりました、旦那」

狸穴のとある家、生垣の前に、土地の岡っ引が待っておりました。狸穴に縁を持たせて鼓の源吉というポンポンした四十男。

「鼓の親分、私も目学問をさして貰いますよ」

平次はへり下って肩の手拭を取りました。

「いいとも、銭形の兄哥が来てくれると、俺も心強いというものだ」

あっさりした口はききますが、何か腹の底に蟠りがないではありません。

「死骸は?」

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