一
「親分、泥棒は物を盗るのが商売でしょう」
八五郎のガラッ八はまた変なことを言い出しました。
「商売――はおかしいが、まア世間並の泥棒は人の物を盗るだろうな」
銭形平次は、女房のお静に給仕をさせて、遅い朝飯をやりながら、こんな事を言っております。
桜には少し早いが、妙に身内の擽られるような、言うに言われぬ好い陽気です。
「ところがその世間並でねえ泥棒があったんで――」
「物を盗らずに何を盗ったんだ」
「置いて行ったんで、親分」
「物を置いて行く泥棒は無いぜ。八、忘れ物じゃないか」
「戸はコジ開けて入って、他の家へ物を忘れて行く奴は無いでしょう」
「話はこんがらかっていけねえ、一体どこに何があったんだ。手軽に白状しな、お茶を呑みながら聴いてやる」
「白状と来たね。石を抱かせる代りに、せめて落雁を抱かせて貰いたい、――出がらしの番茶も呑みようがある」
「あんな野郎だ、お静、狙われた物を出してやった方がいいよ」
平次が顎をしゃくると、お静は心得て落雁の箱の蓋を払ってやりました。口数は少ないが、柔か味と情愛の籠った、相も変らぬ良い女房振りです。
「親分の前だが、泥棒が金唐革の飛切り上等の懐中煙草入を忘れて行くという法はねえ。おまけに煙管は銀だ。あれは安くちゃ買えませんぜ」
ガラッ八はまだ頭を振っております。落雁はもう四つ目。
「さア、一人で感心していずに、ぶちまけてしまいな、――落雁が気に入ったら、箱ごと持って帰っても構わないから」
「大層気前がいいんだね、親分」
「馬鹿にするな」
平次と八五郎はこう言った、隔てのない心持で話し合っております。
「親分も知っていなさるだろう、神田相生町の、河内屋又兵衛――」
「界隈で一番という家持だ、知らなくてどうするものか」
外神田の三分の一も持っているだろうと言われた河内屋又兵衛、万両分限の大町人を、平次が知らなくていいものでしょうか。
「大旦那の又兵衛――金はあるが倅夫婦に死に別れ、孫の喜太郎という十一になる男の子とたった二人、奉公人と小判に埋まって暮している」
「それがどうした」
「その河内屋へ昨夜泥棒が入ったんで――」
「金は取らずに、その豪勢な懐中煙草入を置いて行ったと言うんだろう」