一
「親分、変なことがあるんだが――」
ガラッ八の八五郎が、少し鼻の穴を脹らませて入って来ました。
「よくそんなに変なことに出っくわすんだね、俺なんか当り前のことで飽々しているよ。借りた金は返さなきゃならないし、時分どきになれば腹は減るし、遊んでばかりいると、女房は良い顔をしないし」
銭形の平次はそう言いながら、せっせと冬仕度の繕い物をしている恋女房のお静の方をチラリと見るのです。
まア――随分、といった顔をお静はあげましたが、また例の八五郎を遊ぶつもりの冗談と判ると、素知らぬ顔をして、縫物の針を動かしました。名残りの虻が障子に鳴って、赤蜻蛉の影が射しそうな縁側に、平次は無精らしく引っくり返って、板敷の冷えをなつかしんでいるある日の午後のことです。
「だが、こいつは変っていますよ親分」
「前触れはそれくらいにして、なんだいその変っているのは」
八五郎の物々しい調子に釣られて、平次もツイ起き直りました。
「今朝、湯島の天神様にお詣りをして、女坂の上から、ぼんやり下谷の方を眺めていると、ツイ二三十間先――家の数にして五六軒目の二階の縁側に出してある行灯が、辰刻半(九時)過ぎだというのに明々と灯が入っているじゃありませんか」
「消し忘れたんだろう」
ガラッ八の報告も、平次に注を入れさせると、なんの奇怪味もありません。
「ところが親分、念のために、ツイ今しがたもういちど行ってみると、行灯の灯がまだ点いているのはどうでしょう」
「フーム」
「朝消し忘れた行灯が、油も注さずに申刻(四時)近くまで点いている道理はありません。変じゃありませんか、親分」
「なるほどそう言えばその通りだが、――近頃なんか、そんな禁呪が流行るのかも知れないよ。帰りにそれとはなしに、どんな人間が住んでいる家か訊いてみるがいい。如才もあるまいが、その家へ飛込んで訊いちゃ打ちこわしだよ」
「やってみましょうか」
その話はそれっきり忘れて、ガラッ八が帰ったのは日が暮れそうになってから。
翌る日。
「親分、どうもますます変ですよ」
八五郎のキナ臭い顔が飛込んだのはまだ朝のうちでした。
「昼行灯はなんの禁呪と解ったんだ」
平次も少しばかり真面目になります。