一
「八、あれを跟けてみな」
「ヘエ――」
「逃がしちゃならねえ、相手は細かくねえぞ」
「あの七つ下がりの浪人者ですかい」
「馬鹿ッ、あれはどこかの手習師匠で、仏様のような武家だ。俺の言うのは、その先へ行く娘のことだ」
「ヘエ――、あの美しい新造が曲者なんですかい。驚いたな」
「静かに物を言え、人が聞いてるぜ」
銭形の平次と子分のガラッ八は、その頃繁昌した、下谷の徳蔵稲荷に参詣するつもりで、まだ朝のうちの広徳寺前を、上野の方へ辿っておりました。
「ガラッ八、よく見ておくんだよ、心得のために話しておくが――」
「ヘエ――」
平次は一段と声を落しました。
「武家はちょいと怖い顔をしているが、よくよく見ると顔の造作の刻みが深いというだけのことで、まことに人相に毒がねえ、――牙のある獣に角がなく、角のある獣に牙がねえのと同じ理窟で、あんな怖い顔をした人間は、十中八九は心持のいいものだ。ところが本当の悪党とか、腹の黒い人間というものは、思いの外ノッペリした顔をしているものだよ。見るがいい、あの武家の袂の先には、ここからでも見えるくらい、朱が付いてるだろう、あれが手習師匠の証拠だ、子供の手習を直すとき朱硯に袂の先が入ったんだろう」
「ヘエ――、するとあの美しい娘が悪人てえ証拠は?」
「あの娘と擦れ違ったとき見ると、袖の先に同じように赤いものが付いてるが、それは朱じゃなくて血だ。それにあの娘は広徳寺前で、袂から泥焼きのお狐様を落したろう」
「それは、あっしも見ましたよ。あれは徳蔵稲荷の門前で売っていますね。素焼きのお狐に泥絵具を塗って、一つが十二文、あれは懐中へ忍ばせておくと、願い事が叶うとか言って、手弄みをする手合がよく持っていますが――」
「それだよ、そのお狐を若い女が袖に忍ばせているのも可怪しいが、何かの機みで落っことすと、乾き切った往来の上で尻尾が欠けた。――この通り」
平次はいつの間に拾ったか、内懐から尻尾の欠けた素焼きの狐を出して見せました。
「いつの間に拾いなすったんで、早業だね、親分は?」