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TORENDIA

銭形平次捕物控

本文約14,100字 ・ 読了時間 約29分

あらすじ(AIが作成しました)

今戸で裕福に暮らす越後屋佐吉の妻が、雪の晩に自宅の庭で何者かに命を奪われる。捕物名人の銭形平次は、現場に残された不審な痕跡と佐吉夫婦の過去の恨みを買う評判に着目する。平次は、現場へ送り出した子分の八五郎と共に事件を追い、一年前に関わりの深い人物が亡くなった事実と、その妹の存在を突き止める。平次は独自の推理で事件の真相を解き明かし、犠牲者の無念を晴らすための巧妙な計らいを経て、事件を収束へと導く。

野村胡堂

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一

昼頃から降り続いた雪が、宵には小やみになりましたが、それでも三寸あまり積って、今戸の往来もハタと絶えてしまいました。

越後屋佐吉は、女房のお市と差し向いで、長火鉢に顔をほてらせながら、二三本あけましたが、寒さのせいか一向発しません。

「銭湯へ行くのはおっくうだし、按摩を取らせたいにも、こんな時は意地が悪く笛も聞えないね」

「お前さん、そんな事を言ったって無理だよ、この雪だもの、目の不自由な者なんか、歩かれはしない」

そんな事を言いながら、ちょうど三本目の雫を切った時でした。ツイ鼻の先の雨戸をトン、トン、トンと軽く叩く者があったのです。

「おや――」

お市は膝を立て直しました。宵とはいってもこの大雪に、往来の方へ向いた、入口の格子を叩くならまだしも、川岸へ廻って、庭の木戸から縁側の雨戸を叩く者があるとすると、全く唯事ではありません。

「どうしたんだい」

と、佐吉。

「雨戸を叩く者があるんだよ。こんな晩にいやだねえ、本当に」

「開けてみな、貉や狸なら、早速煮て食おうじゃないか。酒はまだあるが、肴ときた日には、ろくな沢庵もねえ」

佐吉は少し酔っているせいもあったでしょう。爪楊枝で歯をせせりながら、太平楽を極めますが、いくらか酒量の少ない女房のお市は、さすがに不気味だったとみえて、幾度も躊躇いながら、それでも立上がって、雨戸へ手を掛けました。

同時に、もう一度トン、トン、トンと軽く叩く音、続いて若い女の声で、

「ここを開けて下さいな――」

と、大地の底から響くようなか細い声が、ハッキリ雨戸の外に聞こえるのです。

「誰だえ」

お市は心張棒を外すと、思い切ってガラリと開けました。

角兵衛獅子の親方を振り出しに、女衒の真似をやったり、遊び人の仲間へ入ったり、今では今戸に一戸を構えて、諸方へ烏金を廻し、至って裕福に暮している佐吉の女房です。鬼の亭主に鬼神で、大概の物に驚くような女ではありませんが、この時ばかりは全くギョッとしました。

外は真っ白――。

人間はおろか、貉も狸もいる様子はなかったのです。

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