一
「親分、変なことがありますよ」
「何が変なんだ。――まだ朝飯も済まないのに、いきなり飛び込んで来て」
五月のよく晴れた朝、差当って急ぎの御用もない銭形平次は、八五郎でも誘って、どこかへ遊びに行こうかといった、太平無事なことを考えている矢先、当の八五郎は少しめかし込んだ恰好で、飛び込んで来たのです。
「それがね、親分」
ガラッ八は少し言いにくそうでもあります。
「めかし込んでいるくせに、ひどく取乱しているじゃないか。火事か喧嘩か、それとも借金取りか」
「そんなのじゃありませんよ――今日は飯田町のお由良と一緒に亀戸の天神様へ藤を見に出かける約束で、朝はやく誘いに行くと――」
ガラッ八は少しばかり照れ臭い顔になりました。
「お由良? あの柳屋の評判娘かい――あの娘は悧巧すぎて付き合いにくいよ。――世間で騒ぐほど綺麗じゃねえが、お前にはお職すぎらア、付き合わねえ方がおためだぜ」
「意見は後で承るとして、まアあっしの話を聴いて下さいよ。そのお由良を誘いに行くと、昨夜から帰らないって、柳屋の親爺が蒼くなっている騒ぎでさ、知合いや近い親類も訊いたが、どこへもこの二三日顔を出しちゃいない。――夜逃げをするほどの不義理もないから、もしか」
八五郎はまたゴクリと固唾を呑みました。
「誘拐されでもしたんじゃあるまいかという話だろう。――あの眼から鼻へ抜けるような悧巧者のお由良が、金紋先箱で迎いに来たって騙されて行くものか」
「それじゃ駆落――」
「駆落なんてえのは馬鹿のすることだよ。本所の叔母さんとか、湯島の従妹とかのところへ行っているんだろう」
「そんなのはありませんよ。どうかしたら?」
「待ってくれ、悧巧者のお由良だけに気になるぜ。近ごろ懇意にしている男でもなかったのか」
「近いうちに、伊勢屋の治三郎と一緒になるという話はありますがね」
「それじゃお由良には玉の輿だ。祝言前に評判を立てられるようなお由良じゃあるめえ。――こいつは変だよ、もう一度行ってみるがいい」
「ね、親分」