TRENDIA CLASSIC

銭形平次捕物控

野村胡堂

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「八、あの巡礼を跟けてみな」

平次は顎をしゃくって見せました。が、浅草橋の御見附を越して、浜町の方へトボトボと辿って行く男巡礼、頽然とした六十恰好の老爺に、何の不思議があろうとも、ガラッ八の八五郎には思えなかったのです。

「あの、拙い御詠歌をやって歩く――」

「そうだよ」

八五郎はそれ以上の問答を重ねませんでした。主人の命令を受けた猟犬のような素早さで、老巡礼の後をヒタヒタと跟けて行ったのです。

老巡礼は口の中で何やらブツブツ呟きながら、一軒一軒の戸口に立って、恐ろしく下手な御詠歌を歌って歩きましたが、どこでも相手にしてくれそうな様子はありません。

何軒目か――小意気なしもたやの前へ来ると、格子が開いて、盆の上へ小銭を捻ったのが一つ、四十恰好の女が差出しました。

老巡礼の御詠歌は、その報謝とは関係なく、しばらくは続きましたが、歌が終ると、

「――お染やぁい」

さまで、高くはありませんが、身に沁みるような悲痛な声が、老巡礼の唇を衝いて出たのです。

主人の女はしばらく躊躇いましたが、やがて思い切った様子で、

「お前さん、どうしたというんだい、お染さんとかを、尋ねてでもいなさるのかい」

老巡礼の踵を返した後ろ姿に声をかけたのです。

「ハイハイ、左様でございますよ、お神さん、――取って十九、左の眼が見えない、お染という娘を御存じじゃございませんか」

「お染さんというのは、一人二人知ってるけれど、左の眼が悪いのは知らないねえ」

「どなたも左様おっしゃいます。――やはりこの世では縁がないのでございましょう。――そう思って諦めようとは思いますが、浅ましいことには諦めきれません」

老巡礼は声もない嗚咽に、皺だらけな頬を引きつらせながら、ボロボロと涙をこぼしているのです。

「まア、お気の毒な」

女主人は思わず鼻を詰らせましたが、それ以上に立入ったところで、どうにもならないと思い返した様子で、トボトボと遠ざかり行く、老巡礼の後ろ姿を見送るばかりでした。

「親分」

八五郎は路地の外に居る平次の姿を見付けると、老巡礼から目を離して、その側に寄ります。

「シッ、――もう少しあの巡礼の後を跟けるんだ。俺は外に仕事がある」

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