銭形平次捕物控
本文約15,000字 ・ 読了時間 約30分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸の街で「霞流忍術指南」を掲げる浪人・成瀬九十郎のもとへ、銭形平次は奉行所の命により門人として潜入する。折しも市ヶ谷では、神出鬼没の怪盗・山脇玄内が尾州家上屋敷から二千両を奪う事件が発生していた。平次は、忍術の達人である玄内の足取りを追う中で、九十郎と娘のお加奈が抱える苦悩に触れる。親子の情と義賊の裏側に潜む複雑な因縁を紐解き、平次は江戸を騒がせた事件の真相と、二人の浪人が背負った運命の行方を鮮やかに解き明かす。
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一
「八、身体が暇かい」
銭形平次は、フラリと来たガラッ八の八五郎をつかまえました。
「有難いことに、あっしが乗出すような気の利いた事件は一つもねえ」
「大きな事を言やがれ」
二人は相変らずの調子で話を始めました。
「いったい何をやらかしゃいいんで、親分」
「左内坂に忍術指南の看板を出した浪人者があるというじゃないか」
「聴きましたよ、成瀬九十郎とかいって」
「その道場へ、これから入門しようというのだ」
「ヘエー、親分がね、ヘエー、忍術の稽古に」
ガラッ八は滅法キナ臭い顔をして見せます。
「忍術も武芸のうちだというから、教えて悪いことではあるまいが、泰平の世の中に『忍術指南』の看板を出すのは何となく穏やかじゃねエ。それに忍術というものは、甲賀組とか伊賀組とかが公儀から預かって、町人や百姓には稽古をさせるものじゃねえと思っているが、――左内坂のは甲賀流でも伊賀流でもなくて、霞流とかいうんだってね」
「ヘエー」
「御奉行所でもひどく心配なすって、万一謀反の企てでもあっては一大事だから、中へ入って捜るようにという申付けだ」
「ヘエ――」
「これから市ヶ谷左内坂まで行って、成瀬九十郎の門人になろうというのだよ、お前も付き合ってみちゃどうだ」
「そいつを稽古しておいたら、晦日に借金取りが来たときなんか、恐ろしく調法だろうね、親分」
「馬鹿な事を言やがれ」
無駄を言いながら二人は市ヶ谷左内坂に向いました。
ある秋の日の夕景、山の手の街は、もう赤蜻蛉がスイスイと頭の上を飛ぶ時分のことです。
成瀬九十郎の道場は――いや、道場と名のつくようなものではありませんが、表に出した真新しい看板の「霞流忍術指南」の六文字だけが目立つ程度の、至って貧弱なしもたやでした。
「御免」
声のでっかいガラッ八が、精一杯の威儀を作って訪うと、町内中の新漬の味に響くようなダミ声で、ドーレと来るべきはずの段取りを、どう間違えたか、
「ハイ」
優しい声がして、格子と中の障子を、たしなみ深く開けたのは、十八九の淋しい娘です。
神田の次平、五郎八と名乗って、忍術執心のことを申入れると、
「しばらくお待ちを」
娘は一たん奥へ引込みましたが、やがて改めて二人を案内します。