TRENDIA CLASSIC

死の舞踏

野村胡堂

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「珍らしい事があるものだネ、東京の佐良井から手紙が来たよ」

「幽香子さんからですか」

「イヤ、あの厭な亭主野郎からだ」

「まあ」

愛子は、その可愛らしい眼を一杯にあけて、非難するような、だけど、少し道化たような表情を私に見せるのでした。

長い長い演奏旅行を了えて、私と、私の許婚の愛子は、ピアノを叩き過ぎて尖った神経とあわただしい旅に疲れた身体とを、暫らくこの淡路島の知辺に静養して居たときの事です。

模造紙の白い大きい封筒を破ると、その中からは、事務的な達筆で書いた手紙と、四つ折にした楽譜が二三枚出て来ました。

「オヤ、変なものを送って来たよ」

「何んの楽譜でしょう?」

「ピアノには相違ないが、可笑しいネ。一枚、一枚、皆んな違って居るようだが――これはベートーベェンのソナタ・アルバムから滅茶滅茶に引き千切った譜らしいよ」

「マア、何うなすったのでしょう」

愛子は、私の籐椅子の側へ、その驚き易い顔を寄せました。順序も何も構わずに、アルバムの中から引きむしられた楽譜は、どんなに無意味なものかという事は、ピアニストを許婚に持つ愛子には、解り過ぎるほど解って居たのです。

この怪奇な物語の筋を進める前に、私は引きむしられた楽譜を送って来た幽香子の事をお話して置かなければなりません。

幽香子、幽香子、何んという美しい淋しい名でしょう。これは私の義理の妹で、今は実業家佐良井金三の夫人になって居る、この世の中で、一番不幸な女です。何うして不幸せかというと、それは、幽香子の身に付いた、巨万の財産があったからで、そんなものがあるばかりに、実業家と称する佐良井金三の、何度目かの妻になる運命を背負わされてしまったのです。

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