TRENDIA CLASSIC

流行作家の死

野村胡堂

1 / 16

「勇、電話だよ」

と社会部長の千種十次郎が怒鳴ると、

「おッ、今行くぞ、どうせ市内通報員だろう」

「いや、そんなものじゃ無い、早坂勇さんとはっきりお名差しだ」

「月賦の洋服屋にしては少し時刻が遅いね」

無駄を言い乍ら、ストーブの側を離れた早坂勇、部長の廻転椅子の肘掛に腰を下すように、新聞社の編輯局にだけ許されて居る不作法な様子で、千種十次郎の手から受話器をたぐり寄せました。

「――僕は早坂、用事は何んです、何? 何? 小説家の小栗桂三郎が自殺したッ、何時? 今晩、本当か? 君は誰だッ、何? そんな事はどうでも宜いって、――宜くは無いよ、何? 立派な特種だから、手柄にしろって言うのかい、そいつは有難いが、君の名が判らないと困るなあ、――あ、一寸待った、切っちゃいけない、切っちゃ――あ、到頭切りゃあがった」

受話器を放り出した足の勇の顔は、獲物を見付けた猟犬のような緊張に輝いて居りました。

「勇、小栗桂三郎が自殺したって? 本当かいそれは?」

とニュース敏感症に罹ったような、千種十次郎が顔を持って来ます。

「本当にも何にもお聴きの通りだ、もう少し手繰ろうと思うと、いきなり電話を叩き切りゃあがった」

「おかしいなア、自働電話のようだったぜ」

「そうかね」

「その上子供の声だったろう、不思議だネ」

「何がおかしいんだ兄貴」

社会部長と平記者の隔りも、友達同志を階級付けるには足りません。千種十次郎と足の勇は、斯う「俺お前関係」で話す間柄だったのです。これが又新聞社の面白い空気でもあります。

「そうじゃ無いか、小栗桂三郎は有名な金持で立派に電話を持って居る筈だ。その自殺を、誰だかは知らないが、此夜更けに往来の電話で新聞社に知らせるのは不思議じゃないか」

「フム」

「それにもう一つ、知っての通り、僕と小栗は、大学時代からの友達で、かなり親しい積りなんだ。その小粟に変ったことがあれば、僕に知らせるのが順当じゃ無いか」

「そうかも知れないが、兎に角、こいつは大特種だぜ、市内版の最初の段から入れたらどうだ」

足の勇は気が気じゃありません。

野村胡堂の他の作品