TRENDIA CLASSIC

銭形平次捕物控

野村胡堂

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【第一回】

運座の帰り、吾妻屋永左衛門は、お弓町の淋しい通りを本郷三丁目の自分の家へ急いで居りました。

八朔の宵から豪雨になって亥刻(十時)近い頃は漸く小止みになりましたが、店から届けてくれた呉絽の雨合羽は内側に汗を掻いて着重りのするような鬱陶しさ――。

永左衛門は運座で三才に抜けた自分の句を反芻しながら、それでも緩々たる気持で足を運んで居りました。

眠そうな供の小僧を先に帰して、提灯は自分で持ちましたが、傘と両方では何彼と勝手が悪く、少し濡れるのを覚悟の前で、傘だけは畳んで右手に持ち、五、六軒並んだ武家屋敷を数えるように、松平伊賀様屋敷の側へヒョイと曲った時でした。

「え――ッ」

まさに紫電一閃です。いきなり横合から斬りかけた一刀、闇を劈いて肩口へ来るのを、

「あッ」

吾妻屋永左衛門、僅かにかわして、右手に畳んで持った、傘で受けました。刄は竹の骨をバラバラに切って、辛くも受留めましたが、二度、三度と重なっては、支えようはありません。

朔日の夜の闇は、雨を交えて漆よりも濃く、初太刀の襲撃に提灯を飛ばして、相手の人相もわかりません。

幸い、吾妻屋永左衛門、若い時分町道場に通って、竹刀の振りよう位は心得て居ました。二太刀三太刀やり過したのは、そのお蔭というよりは、暗とぬかるみのせいだったかも知れませんが、兎も角も、雨合羽を少し裂かれただけで、大した怪我もなく、松平伊賀様前の、自身番の灯の見えるところまで辿り着いたのは、僥倖という外は無かったのです。

「えッ、面倒」

畳みかけて襲いかかる曲者の刄は、灯が見えると、一段と激しさを加えました。吾妻屋永左衛門、それを除けるのが精一杯、が、終に運命的な瞬間は近づきました。

後ろすさりの永左衛門、とうの昔に高足駄は脱ぎ捨てて居りましたが、道傍の石に足を取られて、物の見事にぬかるみの中に引っくり返ったのです。

今ぞ観念と、振り冠った曲者の刄、

「あッ、大井、大井久我之助様」

自身番の灯が細雨を縫ってサッと、曲者の顔を照し出したのです。

それは弓町に住む浪人者で、同じ道に親しむ、青年武士――ツイ先刻まで、同じ俳莚に膝を交えて、題詠を競った仲ではありませんか。

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