TRENDIA CLASSIC

銭形平次捕物控

野村胡堂

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「親分、たまらねえ事があるんで、これから日本橋まで出かけますよ、いっしょに行って見ちゃ何うです」

巳の刻近い、真昼の日を浴びて、八五郎はお座敷を覗いて顎を撫でるのです。四月のある日、坐っていると、ツイ居睡りに誘われるような、美しい日和です。桜は散ったが苗売の声は響かず、この上もなく江戸はのんびりしておりました。

「頼むから日蔭にならないでおくれ、貧乏人の日なたぼっこだ、――ところでお前は日本橋まで何をしに行くんだ、気のきいた晒し物でも出たのかえ」

銭形平次は気のない顔を振り向けました。時鳥にも鰹にもないが、逝く春を惜しむ、江戸の風物は何んとなくうっとりします。

「冗談じゃありません、生臭坊主や心中の片割れを見に行きゃしません、今日の午の刻に、日本橋の上に、神武以来の珍しい見世物があるんですぜ」

「神武以来は大きいな、尤もお前に言わせると、隣の猫の子が、三毛を産んでも、江戸開府以来だ」

「そんな下らない話じゃありませんよ、通り一丁目の沢屋三郎兵衛の娘のお琴が、今日と言う日の真昼に、逆立ちをして日本橋を渡ると言うので、高札場の前から、蔵屋敷の前へ湧き立つような騒ぎですよ、中には弁当持参で橋詰に頑張って、暗い内から動かないのもあります」

「呆れた奴らだ、その野次馬の中へ、思いっ切り水でもぶっかけてやりたい位のものだ」

平次は江戸っ子の呑気さと、その物見高さに驚きました。多寡が女の子が逆立ちする位のことに、大騒ぎをする方が何うかしております。

「ところがその娘は、お琴と言って、たった十七ですぜ、逆立ちをして日本橋を渡って、何ういうことになります。久米の仙人が河童だったら、どんな事になります」

八五郎の長広舌は、平次の思惑とは反対に、いとも面白く弁じ立てるのです。

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