一
「親分、世の中に怪談というものはあるでしょうか」
八五郎はまた、途方もないことを持込んでくるのです。五月も過ぎたある日、青葉によし、初鰹によし、そして時鳥によしという結構な日をぼんやり籠っていると、ときどきはこんな災難にも逢わなければならぬ平次です。
「ケエダン――それはなんだい、まだ食べたことはないが――」
「怪談ですよ、心細いな、こいつは食べるものじゃありません、それ、よく言うでしょう、猫が化けたとか、鼬が屁を垂れたとか」
「それは怪談だろう、着前に言わせると、ケエダンになるから埒が明かないのさ、――世の中のことは順当すぎるよ、借りたものは返さなきゃならないし、家賃は毎月払わなきゃならずとね、――少しは怪談が付き纏っても宜いが、広い江戸にただで住める家はないものかね」
「親分が世帯染みるのは、晦日が近いからだ。頼むからしっかりして下さいよ、まだ二十六日ですよ」
「ところで、その怪談というのはどこにあるんだ」
平次はようやく居住いを直しました。八五郎が持って来た話というのは、妙に心を惹きます。
「左内坂ですよ、早く言えば牛込見付、市ガ谷と言っても宜い、――二、三日前、あの辺をのぞくと、怪談でいっぱい」
「待ってくれ、怪談でいっぱいはおかしいな。誰が手桶でいっぱいの怪談をぶちまけたんだ」
「親分は揚足をとるから叶わない、その辺がケエ談だらけで、足の踏みどころもないとしたら、怪談で一杯でしょう」
「まア聴こうじゃないか、どんな怪談が出たんだ。三つ目小僧か、傘のお化けとか、たいがい怪談話には筋も眷族もあるものだ」
平次と八五郎の話は途方もなく発展して行きます。お静は心得たもので、二人の話に邪魔をしないように、井戸端に避難をして、せっせと洗い物の支度をしております。
「筋もけん族もなく、こいつは変っていますが、笛を吹くと、いきなりフッと髻が切れる、変っているでしょう――」
「何を言やがる」
「近頃これがまた自棄に流行るんだってね――総領は尺八を吹く面に出来、ってね――川柳点にはうまいのがあるよ」