TRENDIA CLASSIC

銭形平次捕物控

野村胡堂

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「あ、八五郎親分じゃありませんか」

江の島へ行った帰り、遅くもないのに、土蔵相模で一と晩遊んだ町内の若い者が五六人、スッカラカンになって、高輪の大木戸を越すと、いきなり声を掛けたものがあります。

「誰だい、俺を呼んだのは」

振り返ると、海から昇った朝陽を浴びて、バタバタと駆けてきた女が一人、一行の前に廻って、大手を拡げるではありませんか。

「巴屋のお六よ、忘れたじゃ済まないでしょう。家は、大変な騒ぎ」

女は遅立ちの旅人が、眼を聳てるのも構わず、八五郎の袂を取ってグイグイと引くのです。

「待ってくれ、無暗に引っ張ると、袖口がほころびる。家へ帰ると、叔母さんに叱られる」

「冗談じゃない。紅白粉で、裲襠を着た叔母さんがあってたまるものか。此方には人殺しがあって二三人縛られかけているんだから、来て下さいよ、親分。何んのために十手なんかブラさげて、江の島詣りをするんだい」

女はまくし立てて、八五郎を引摺るのです。高輪車町の巴屋というのは、江戸の土産物も売り、店では一杯飲ませて、中食も認めさせますが、横へ廻ると立派な旅籠屋で、土地も家作も持ち、車町から金杉へかけての、物持として有名な家でした。

一昨日江戸を発つとき、巴屋へ押し上がって、旅の前祝いの大騒ぎをやらかし、二人の女中、お六とお梅というのを、散々からかったことは、八五郎も忘れる筈はなく、相手のお六も、品川から朝立ちで、江戸へ戻ってきた賑やかな旅人の中から、八五郎の長んがい顎を見付けたのも無理のないことでした。

「人殺しは穏かじゃねえ。誰がどうしたんだ」

「旦那が殺されたんですよ。金杉の竹松親分が乗り込んで来て、ギョロギョロ睨め廻しているから、気味が悪くて皆んな顫え上がっていますよ。八五郎親分なら、地蔵様でも縛って行って下さるわねえ」

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