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TORENDIA

一顆の栗一顆の小なし

本文約490字 ・ 読了時間 約1分

あらすじ(AIが作成しました)

花巻と盛岡を巡り帰宅した筆者は、土産の一顆の栗と小なしを茶の間に置く。それらは箪笥の上へと移され、小なしは子供たちの分け前となる。筆者はこの小なしが子供たちの身のうちに生える未来を想い、森からもらった栗を自宅の庭へ植え、一本の木となることを願う。本書は、宮沢賢治の家族の言葉を引用しながら、それらを通じて賢治の作品に寄せる想いや追憶を綴る随筆である。

小穴隆一

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🎧 一顆の栗一顆の小なし / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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花巻・盛岡を巡つて帰つて、私は一顆の栗一顆の小なしを茶の間の卓上に置いてをいた。

一顆の栗と一顆の小なしはそのまゝに、幾日かそのまゝに置かれてあつた。さうした幾日かの後、それら一顆の物は二つとも箪笥の上にあつた。また幾日かして、小なしのはうは黍団子のやうに大事に、隆チヤンとタカチヤンに半分づゝやつてしまつた。

(クラムポンはわらつたよ。)

私は斯う言ふのである。

栗のはうは箪笥のなかに、さうして

(クラムポンはかぶかぶわらつたよ。)

女房は斯う言つてゐるのである。

小なしは、盛岡の菊池さんの兄さんの持地所といふところに百五十年の木があつて取つて貰つたのである。たねなしの小なしが、いま尋常三年生の隆チヤン一年生のタカチヤンの身の内に何れの時に生えるであらうか。栗は、花巻で森さんが路ばたで拾つて私に呉れた一顆の栗は、私の家の小さな庭のなかでも一本の木となるであらう。

(クラムポムは跳ねてわらつたよ。)

私はさう言つてはをれないのである。

「お父さんがなんぼ喜ぶことか、」

と言ってゐた清六さんのために、「風の又三郎」のために考へなければならない。

〔『イーハトーヴオ』創刊号、昭和一四年一一月〕

完

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