一
「親分、変なことがあるんだが――」
「お前に言わせると、世の中のことは皆んな変だよ。角の荒物屋のお清坊が、八五郎に渡りをつけずに嫁に行くのも変なら、松永町の尼寺の猫の子にさかりが付くのも変――」
「止して下さいよ、そんな事を、みっともない」
銭形平次と子分の八五郎は、相変らずこんなトボケた調子で話を運ぶのでした。平次の恋女房のお静は、我慢がなり兼ねた様子で、笑いを噛み殺しながら、お勝手へ逃避してしまいました。
「何を言うんだ、そいつは皆んなお前が持って来たネタじゃないか。こんどは何処の新造が八を口説いたんだ」
「そんな気楽な話じゃありませんよ。三河町の吉田屋彦七――親分も御存じでしょう」
「うん、知っているとも、たいそうな分限だということだ。それがどうした」
「三河町の半分は持っているだろうという大地主ですよ。その吉田屋の総領の彦次郎という好い息子が癆症で死んだのは去年の暮だ――もう半歳になりますね」
障子の外の清々しい青葉を眺めながら、八五郎は不器用な指などを折ります。
「それがどうした、化けてでも出たか」
「そんな事なら驚きゃしませんがね。町内の評判息子で、孔子様の申し子のような若旦那が死んだ後へ、言い交したという、若い女が乗込んで来たとしたら、どんなもんです。え? 親分」
「あ、乗出しやがったな八、まず涎でも拭きなよ。お前が死んだって、乗り込んで行く女なんかありゃしないよ。第一身上が違う、三河町の吉田屋へ転がり込めば、相手が仏様になっていても、まさか唯じゃ投り出されない――まず欲得ずくだろうな」
「誰でも一応はそう思うでしょう。ところが大違いなんで」
「どこが違うんだ」
「女が泣きながら言うんだそうで――身上に眼が昏んだと思われちゃ女の一分が立たないから、若旦那が死んだと聴いてから、泣きの涙で半歳我慢したが――」
「女にもその一分なんてものがあるのかえ」