青年僧と叡山の老爺
本文約5,800字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
若山牧水のもとへ、出家生活に悩み文学を志す若き僧侶が突然訪れる。著者は翻意を促すが青年の決意は固く、散歩を通じて親交を深める。翌朝、かつて比叡山で世話になった老爺から金婚式の祝品が届き、著者は懐旧の情に浸る。若者はその交流に感化され、まずは学業を修めるべく寄宿舎へ戻る決心をする。本書は、偶然の訪問者との対話や、比叡山の老爺との温かな追憶を通じ、青年と著者の心情の変化を綴る。
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一週間か十日ほどの予定で出かけた旅行から丁度十七日目に帰って来た。そうして直ぐ毎月自分の出している歌の雑誌の編輯、他の二三雑誌の新年号への原稿書き、溜りに溜っている数種新聞投書歌の選評、そうした為事にとりかからねばならなかった。昼だけで足らず、夜も毎晩半徹夜の忙しさが続いた。それに永く留守したあとのことで、訪問客は多し、やむなく玄関に面会御猶予の貼紙をする騒ぎであった。
或日の正午すぎ、足に怪我をして学校を休んでいる長男とその妹の六つになるのとがどやどやと私の書斎にやって来た。来る事をも禁じてある際なので私は険しい顔をして二人を見た。
「だってお玄関に誰もいないんだもの、……お客さんが来たよ、坊さんだよ、是非先生にお目にかかりたいって。」
坊さんというのが子供たちには興味を惹いたらしい。物貰いかなんどのきたない僧服の老人を想像しながら私は玄関に出て行った、一言で断ってやろう積りで。
若い、上品な僧侶が其処に立っていた。あてが外れたが、それでもこちらも立ったまま、
「どういう御用ですか。」
と問うた。
返事はよく聞き取れなかった。やりかけていた為事に充分気を腐らしていた矢先なので、
「え?」
と、やや声高に私は問い返した。
今度もよくは分らなかったが、とにかく一身上の事で是非お願いしたい事があって京都からやって来た、という事だけは分った。見ればその額には汗がしっとりと浸み出ている。これだけ言うのも一生懸命だという風である。何となく私は自分の今迄の態度を恥じながら初めて平常の声になって、
「どうぞお上り下さい。」
と座敷に招じた。