デモクラシーのいろいろ
本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
デモクラシーには一様ではない様々な型が存在する。本書は、イギリスの「話し合ふデモクラシー」、フランスの「討し合ふデモクラシー」、スイスの「抗議するデモクラシー」という三つの典型を挙げ、それぞれの国民性や歴史的背景に基づいた政治運営の差異を論じる。討論のあり方、制度の固定性、抗議による漸進的な変革といった各国の具体的な特徴をスケッチし、読者に対して日本のデモクラシーの現状を問い直す契機を与える。
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同じ言葉でデモクラシーといつても、いろいろの型があつて、どうも一樣ではないやうだ。それも、古代ギリシヤなどは問題の外におくとして、同じ時代で、國の境を接してゐても、それぞれ癖がちがふ。
やかましい詮索は專門家の仕事に任せて、こゝでは素通りの旅行者の眼に映つたスケッチ・ブックを開いてみるだけだが、デモクラシーの家元がイギリスであることにはまず誰も異存はあるまい。そのイギリスのデモクラシーの基礎が「討論」だといふことは、これも多くの人が認めてゐるところだ。「討論」といふと、だいぶ八釜しく聞えるが、イギリス人やアメリカ人が、「一つその話は明日ゆつくりディスカスしませう」といふときのディスカッション(討論)といふことは、あまり肩の張つた討論ではなく、全く「話し合ひ」といふ意味である。だから、「デモクラシーは討論である」といふイギリスの討論も、そのほんとの性質は「話し合ひ」に近い。日本で近頃流行の「討論」をラヂオや何かで聞いてゐると、それは文字通り「討し」合ひであり、討ち合ひである。相手の議論を眞向から叩きつける。相手の議論に勝つことが主眼で、ちやうど劍道の仕合か、野球の仕合のやうなもので、學生對校討論會にいたると、全國高校野球戰と同樣、勝拔きで最後に優勝校といふのが出てくる。討論の結果として何か役に立つ結論を出してくるといふやうなことは、とんと考へられてゐない。イギリスのディスカッションは、どうもさういふのではないやうだ。