乳と蜜の流れる地
本文約3,500字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
食慾と色彩の関係を考察する随筆。日本人が青い海に魚の豊かさを重ねて食慾を刺激されるのに対し、ヨーロッパ人はどのような色に食慾を感じるのかという疑問を抱いた著者は、スイスのアルプの草原で牛や緑の風景と接し、西洋人の食慾の根源にある色彩を考察する。自身の独断的な推測や、旅先での体験を通じて、文化による食慾の想起の差異を論じている。
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私は、晴れた日の青い海を見ると、なんとなく食慾をそそられるような思いがする。これは今に始まったことではないが、どうしてそうなんだろうと考えてみると、それはサカナ屋の店先などを通るときに、鯖や鮪や鰯などが、水をぶっかけられて青い背中をいきいきと光らせているのを見て、あれはいかにもうまそうだと自分の眼を光らせるその瞬間、その青い色が、どうやら深海の色で染まってきたのではないかというような錯覚をもつことがあって、どうもその連想が、海の青い色をみるときに出てくるのではないか。こんなふうに、私は自分で理窟づけたことがある。
食慾だから、いろいろのものに付きまとわなければならぬはずだが、こんにゃくのような色を見ても、そう食慾は起きないし、また私は甘党でもあるのに、着色したものだと思うせいか、菓子のようなきれいな色だけでは、それほど胃の腑を刺戟されることもない。何かみずみずしく、生き生きしていて、動いているようなところが、この慾を腹の底からおびき出してくるのには必要なもののようである。というよりは、食物として、やはり相当に普遍的で、かつ根元的なものでないと、そんな強い作用をしないのだろうと思う。そうすると、サカナの好きな日本人、ことに私のような食いしんぼうには、そのサカナを無限に蔵しているばかりでなく、無限に生み出す力をもっているあの青い大きな海、何もかもがその色に染まってしまいそうな深い群青の海、そして潮の匂いがすぐにみずみずしい藻を連想させたり、それ自体が塩っぱい味を運んでくる潮風を吸い込んだりするときに、私が空腹感を感ずるというのは、むしろ自然ではなかろうかと思う次第である。
こうして青い海が、あのぴちぴちした魚を生むのだという幻想は、いまもって私から消えないのである。