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TORENDIA

偏奇館吟草

本文約11,300字 ・ 読了時間 約23分

永井壮吉

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De la musique avant toute chose ――

Paul Verlaine. 詩は何よりも先音楽的ならむことを。ポール、ヴヱルレーヌ

はしがき

嗤ふなかれ怪しむなかれ。

この集をひらきみる人。

この集に載せたる詩篇。

思出の言葉なきものあらざることを。

物一たび、去ればかへることなし。

かへらぬものはなつかしからずや。

あかるき今日の昼とても

暮れなばたちまちむかしなり。

休まざる時計のひゞきは

忘るゝな。思出でよと。

絶間なくわれにぞ告る。

思出は命の絲につながれし

珠のくさりに似たらずや。

命の糸のきるゝ時

まろびて珠は砕くべし。

愛でよ惜しめよ。思出を。

玉手箱のふたあけて

珠のかざりを取出す乙女の如くに

マルグリツトの如くに。

[#改ページ]

夏うぐひす

樫の葉がくれ夕まぐれ。

夏うぐひすのつかれし調

何をかうたふ。

とりのこされて人里に

うらぶれて行くかなしみか。

かへりそびれし故里の思出か。

老を歎かん。われもまた。

親しきものは皆去りぬ。

生きながらへてわれのみひとり。

むかしを慕ふ。

それかあらぬか

夏うぐひすのつかれし調。

樫の葉がくれ夕まぐれ。

[#改ページ]

からす

からす。

地獄の鳥。

月さえわたる庭にきて

蝉をな追ひそ。

合歓の葉は今しづかに眠り

合歓の花に露はかゞやく。

かなで続けし夏のしらべに

蝉はつかれていこへるを。

からす。

地獄の鳥。

汝飢ゑなば泥海の

干潟あさりて

くされしものを啄め。

月夜の庭には

あかるき夏のあらゆる草木

その影もろともにいこへるを。

去れ。去れ。

からす。

地獄の鳥。

STYX の河辺はるかに。

[#改ページ]

旧調

別れて後のいくとせ

またの逢瀬この世にて

かなはぬわけを知りしより

悟の道をまなびしが。

さとりすませばまた更に

身にしみ/″\とさびしさの

堪へもやらねばそのむかし

いまだ悟らぬ宵ごとの

悩みもだえのさてなつかしと

せめては夢をたよりにて

夢のあふせをゆめみけり。

命あれば憂きおもひこそ絶えやらね。

さとればさびし鐘の声。

さとらねばつらし雨の音。

これが浮世。これが人の世。

[#改ページ]

絶望

絶望は老樹の幹のうつろより深し。

幾年月の悲しみ幾年月の涙。

おのづから心の奥の底知れず

うつろの穴をうがちたり。

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