De la musique avant toute chose ――
Paul Verlaine. 詩は何よりも先音楽的ならむことを。ポール、ヴヱルレーヌ
はしがき
嗤ふなかれ怪しむなかれ。
この集をひらきみる人。
この集に載せたる詩篇。
思出の言葉なきものあらざることを。
物一たび、去ればかへることなし。
かへらぬものはなつかしからずや。
あかるき今日の昼とても
暮れなばたちまちむかしなり。
休まざる時計のひゞきは
忘るゝな。思出でよと。
絶間なくわれにぞ告る。
思出は命の絲につながれし
珠のくさりに似たらずや。
命の糸のきるゝ時
まろびて珠は砕くべし。
愛でよ惜しめよ。思出を。
玉手箱のふたあけて
珠のかざりを取出す乙女の如くに
マルグリツトの如くに。
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夏うぐひす
樫の葉がくれ夕まぐれ。
夏うぐひすのつかれし調
何をかうたふ。
とりのこされて人里に
うらぶれて行くかなしみか。
かへりそびれし故里の思出か。
老を歎かん。われもまた。
親しきものは皆去りぬ。
生きながらへてわれのみひとり。
むかしを慕ふ。
それかあらぬか
夏うぐひすのつかれし調。
樫の葉がくれ夕まぐれ。
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からす
からす。
地獄の鳥。
月さえわたる庭にきて
蝉をな追ひそ。
合歓の葉は今しづかに眠り
合歓の花に露はかゞやく。
かなで続けし夏のしらべに
蝉はつかれていこへるを。
からす。
地獄の鳥。
汝飢ゑなば泥海の
干潟あさりて
くされしものを啄め。
月夜の庭には
あかるき夏のあらゆる草木
その影もろともにいこへるを。
去れ。去れ。
からす。
地獄の鳥。
STYX の河辺はるかに。
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旧調
別れて後のいくとせ
またの逢瀬この世にて
かなはぬわけを知りしより
悟の道をまなびしが。
さとりすませばまた更に
身にしみ/″\とさびしさの
堪へもやらねばそのむかし
いまだ悟らぬ宵ごとの
悩みもだえのさてなつかしと
せめては夢をたよりにて
夢のあふせをゆめみけり。
命あれば憂きおもひこそ絶えやらね。
さとればさびし鐘の声。
さとらねばつらし雨の音。
これが浮世。これが人の世。
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絶望
絶望は老樹の幹のうつろより深し。
幾年月の悲しみ幾年月の涙。
おのづから心の奥の底知れず
うつろの穴をうがちたり。