瀬戸内の小魚たち
本文約2,300字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
足かけ四年ぶりに郷里の小豆島へ帰った著者が、土地の人々に「おいしい小魚をたべにきた」と語り、宿でメバルやチヌなどの鍋を堪能する。幼少期に親しんだ鰯の様々な食べ方や、手間の惜しい小さな魚を骨ごと食べる喜びを回想する。さらに、夜釣りの手法や、捕らえた太刀魚の調理法を具体的に詳述する。海辺の村の暮らしに根ざした食文化と、自身の健康を支えてきた小魚への深い愛着を綴るエッセイである。
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この一月の末に、足かけ四年ぶりに郷里の小豆島へ帰った。大して目的はなく、もしかしたら持病になりつつあるぜんそくが癒るかもしれないと聞かされての、急な思いつきだったのだが、帰ってみると顔を合せるほどの人がみんな聞く。
「どんなご用で。どうしに? いつまで?」
実はぜんそく云々ともいえず、墓参りに戻ってきたのですといっても、これまでがなにか用事にかこつけてしか帰っていないものだから、そんな信心者とも信じられない顔をされる。そこで思いつきを言ってみた。
「今生の思い出に、おいしい小魚をたべに帰ってきました」
宿屋さんはさっそく魚の鍋をととのえてくれた。メバル、チヌ、タナゴなど二つか三つ切りにした季節の小魚を、両手を廻したほどの大皿に山盛りしてある。もちろん野菜と一しょにぽん酢でたべる。身のはぜかえるほど新しい魚はいくら食べても飽きず、一座五人ともとうとうその夕食はご飯ぬきになった。おまけにさしみも煮魚もついているのだから、米つぶの入る余地があろうはずがない。たんのうして床についたものだが、横になってからも、まるで友だちの噂をするように魚の思い出話がつきない。
「この前きた時の鰯のおつくりもうまかったわね」
と私がいうと、
「そうそう。鯛のおさしみよりもあれのほうがうまかった」
と姉が応じる。その時はちょっとした席がもうけられていて、型どおりの料理が運ばれたのであったが、その料理以外に私のそばへそっと、舟型のかなり大きな皿が運ばれてきて、宿の女中さんは笑いながら、
「こんなの、なつかしいでしょう。よろしかったら」