TRENDIA CLASSIC
過酸化マンガン
水の夢
谷崎潤一郎
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八月八日朝いでゆにて上京。予、家人、珠子さん、フジの四人なり。七月中は近年稀なる炎暑つゞきのところ本月四日夜おそく久し振に降雨を見、華氏にて九度程低下大いに凌ぎよくなったので、もう大丈夫と思ったのに今朝は又暑さブリ返したり。昨夜既にいでゆの切符を買って置いたので暑熱を冒し出かける。十時廿七分新橋下車直ちに虎の門長谷川に至り一先ず休憩。予は過去二三年来夏の盛りにはなるべく東京へ出ないようにしていたのが、今年になってから高血壓漸次快方に向い先月も一度上京、今度で二度目なり。昔の夏の東京は大阪京都に比べて多少涼しい筈であったが、今日はそうでもなし。新橋より電車通りを虎の門に赴く間何回となく自動車が停止する毎に車内の熱気堪え難し。小憩の後家人と珠子さんとフジとは買い物旁々銀座ケテルにて晝の食事をしたゝめるとて外出、一時半には戻るとの約束なり。予は丸の内日活に「青い大陸」の後半を見て宿に帰りトーストパンを一片オレンジジュースを一罎飲んで日課の晝寝に入る。しかし茹だるような熱気に加え此の旅館は目下増築中のため工事の音響喧しきこと限りなし。此の旅館と道路を一つ隔てた向う側にも数階のビルディング建築中なり。コンクリートを流し込む音鉄筋を打ち込む音しきりなしに耳を聾す。共済会館と元満鉄ビルとが近き故にや前を通る自動車オートバイ等の地響きと騒音も相当なものなり。已むを得ず用心のために持参した久しく用いたことのなかった睡眠剤を少量服す。三四十分トロトロとする。
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