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人はアルゴリズムに支配されている
TORENDIA

人はアルゴリズムに支配されている

本文約231,700字 ・ 読了時間 約464分

鹿島 公胤 KASSI

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序章 あなたは本当に、自分で選んでいるのか

1.自由に選んでいるという幻想

人間は、自分の人生を自分で選んでいると思っている。朝、目覚まし時計を止め、スマートフォンでニュースを確認し、何を食べるかを考え、どんな服を着るかを決め、仕事へ向かう。昼休みにはSNSを開き、気になる記事を読み、動画を見て、欲しい商品を検索する。夜になれば、明日の予定を考えながら、また画面を眺める。私たちは、こうした一つ一つの行動を自分の意思で決めていると信じて疑わない。しかし、本当にそうなのだろうか。自分で選んだと思っているその選択は、どこまで自分自身の意思から生まれたものなのだろうか。

例えば、あなたが今日、何かを買ったとする。以前から欲しかった商品かもしれないし、たまたま目に入った広告で興味を持った商品かもしれない。最初は買うつもりなどなかったのに、何度も広告を見せられ、口コミを読み、他人が使っている映像を見ているうちに、いつの間にか欲しくなっていた。最後には自分で比較し、自分で決断し、自分のお金で購入したのだから、誰にも強制されていないと考えるだろう。しかし、ここには一つの疑問が残る。あなたがその商品を欲しいと思うようになった過程には、何が影響していたのか。自分の内側から生まれた欲望なのか、それとも外側から与えられた情報によって育てられた欲望なのか。その違いを、私たちは正確に説明できるだろうか。

現代社会では、選択肢が増えることは自由が増えることだと考えられている。店頭に商品が十種類並ぶより、百種類並んでいたほうが自由であり、情報が百件しかない世界より、百万件ある世界のほうが豊かだと考える。しかし、選択肢が増えれば増えるほど、人間はすべてを確認できなくなる。そこで検索エンジンが候補を絞り込み、SNSが投稿を並べ替え、動画サービスが次に見る作品を提案する。便利な仕組みが、人間の負担を減らしてくれるのである。だが同時に、人間が実際に目にするものは、無限に存在する選択肢のほんの一部になっていく。自由は広がったように見えながら、目の前に提示される世界は、別の仕組みによって整理されているのだ。

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