ヴァリエテ
本文約5,100字 ・ 読了時間 約11分
あらすじ(AIが作成しました)
佳一は、久々に訪れた知人の家で、退屈な日常を送る妻の絹子と出会う。音楽や映画の話を交わすうち、絹子は夫の留守を見計らって二人で映画へ行く計画を立てる。形式的な夫婦関係に飽き足らない絹子と、そんな彼女を年上の知人として捉えつつも、秘密の外出に胸を躍らせる佳一。二人は互いの家庭や立場を意識しながら、まるで冒険のような映画鑑賞の約束を交わし、佳一は帰路で得体の知れない高揚感を覚える。
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佳一は、久しぶりで大岡を訪ねた。
不在で、細君が玄関へ出て来た。四五日前からシネマの用事で京都へ行っているということであった。
「そうですか、じゃまた上ります。おかえりになったらよろしく」
再び帽子をかぶりそこを出たが、佳一は、そろそろ貸ボートなど浮かび初めた牛込見付の初夏景色を見下したまま佇んだ。
大岡は、ああいっていたって、本当に京都へ行ったのかどうか解りはしなかった。彼の彫刻のモデルになったお美濃さんという若い娘が、近頃恋人になった話は、佳一も聞いていた。大岡は、これまでもそういう種類のすきな女が出来ると、十日でも二十日でも、互があきるまで家をおっぽり出して、どこかへ引籠って暮す性の男なのであった。
佳一は苦笑と羨望とを、同時に年上の友に対して感じた。彼はエアシップの吸殻を、ボールでも投げるように、勢いよく濠の水の上へ投げすて、あゆみ出した。
午後二時の神楽坂はいたって閑散だ。ここには特別彼を立ちどまらせるほどのショウ・ウィンドウもない。大股に坂を登って行く、後で、
「いけませんよ、お嬢さま、そんなにお駆けんなっちゃ」
若い女の声がした。薄桃色のピラピラした小さいものが、眼を掠めたと思うと、いきなり五つばかりの女の児が、横から彼につき当たった。佳一はびっくりして身をひらいた。
「――近藤さん、どこいくの」
佳一は、二度びっくりで、女の児の顔を見た。
「なーんだ。楓ちゃんか! びっくりしちゃった」
楓は、早速佳一に手をひかせてあるきながら、また、
「ね、どこいくのよ」
ときいた。
「さあどこへ行こうか……楓ちゃんはどこへいらしたの?」
「歯医者へいったの」
「そいで、アーン、アーン泣いたんでしょう? 電車の中まで聞こえてよ」
「嘘! 楓ちゃん泣かなくってよ、今日は」
「チョコレートばっかりたべるから、今に歯なしになるんだろう」
「ううん、一本とるだけ」
気の利いた洋服を着せられた楓の手を引いているうちに、佳一は矢来の榎の家へ行って見てもいい気持ちになって来た。楓の母親が、佳一の姉と同窓であった。その関係で、彼は一種のファミリー・フレンドとなっているのであった。