TRENDIA CLASSIC
猫車
宮本百合子
1 / 23
紺唐草の木綿布団をかけた炬燵のなかへ、裾の方三分の一ばかりをさし入れて敷いた床の上に中気の庄平が眠っていた。店の方からその中の間へあがった坂口の爺さんは、別に誰へ声をかけるでもなく、ずっと炬燵のうしろをまわって、病人の枕元へ行った。枕元は二枚の障子で、隅に昔風な塗り箪笥がある。下の方の引出しはおさやの襦袢や小ものなどが入っているが、上の方の引出しには病人の見舞にと町の親戚からくれた森永ビスケットの罐などもしまわれているのである。坂口の爺さんは、自分の目的にばかり気をとられている人間のはたに無頓着な表情を血色の冴えない顔いっぱいにしながら、箪笥へ手をのばして、その上のラジオをねじった。
病人の頭の真上で、ラジオは大きな音で唸り出した。その音でぼんやり薄目をあけて彼を見上げた庄平にかまわず、坂口の爺さんは次の間へ来て、坐蒲団をさがしもせず縁のない畳の上へじかに坐った。そして、懐から畳んだ手拭を出し、その手拭の間から一枚の印刷したケイ紙をとり出して畳の上にひろげた。その紙の上に、つくばうような恰好で坂口の爺さんはかがみかかった。永年の農家仕事で、指の先の平たく大きくなっている右手には短い一本の鉛筆がある。
ラジオはすぐ「経済市況を申しあげます」と、歯切れのいいような、追い立てられるような口調で云い出した。
「新東百五十三円丁度、ふた十銭やす。親鐘ふた百八十五円丁度。高値五円とお銭。新鐘ふた百七十円八十銭、ふた十銭やす」
宮本百合子の他の作品
TRENDIA CLASSIC
男…は疲れてい
る
宮本百合子
男…は疲れている
宮本百合子 ・ 約5分
TRENDIA CLASSIC
きょうの写真
宮本百合子
きょうの写真
宮本百合子 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
結婚相手の性行
を知る最善の方
法
宮本百合子
結婚相手の性行を知る最善の方法
宮本百合子 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
「現代百婦人録
」問合せに答え
て
宮本百合子
「現代百婦人録」問合せに答えて
宮本百合子 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
戦争・平和・曲
学阿世
宮本百合子
戦争・平和・曲学阿世
宮本百合子 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
ソヴェト「劇場
労働青年」
宮本百合子
ソヴェト「劇場労働青年」
宮本百合子 ・ 約5分
TRENDIA CLASSIC
婦人民主クラブ
について
宮本百合子
婦人民主クラブについて
宮本百合子 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
「愛怨峡」にお
ける映画的表現
の問題
宮本百合子
「愛怨峡」における映画的表現の問題
宮本百合子
TRENDIA CLASSIC
愛
宮本百合子
愛
宮本百合子
TRENDIA CLASSIC
「愛と死」
宮本百合子
「愛と死」
宮本百合子
TRENDIA CLASSIC
合図の旗
宮本百合子
合図の旗
宮本百合子
TRENDIA CLASSIC
愛と平和を理想
とする人間生活
宮本百合子
愛と平和を理想とする人間生活
宮本百合子