猫車
本文約17,200字 ・ 読了時間 約35分
あらすじ(AIが作成しました)
中気の庄平が寝たきりの生活を送る家で、近隣の坂口はラジオの市況放送を聞きながら、必死に株価を書き留めている。同じ家で働くお縫は、そんな坂口の姿や、政治経済を語りつつも実際の生活が危うい親族たちの様子を眺める。物語は、時勢の変化に振り回されながら、過去の勲章や不確かな株券を抱えて暮らす人々の日常と、崩れゆく商売の現実を写実的に描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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紺唐草の木綿布団をかけた炬燵のなかへ、裾の方三分の一ばかりをさし入れて敷いた床の上に中気の庄平が眠っていた。店の方からその中の間へあがった坂口の爺さんは、別に誰へ声をかけるでもなく、ずっと炬燵のうしろをまわって、病人の枕元へ行った。枕元は二枚の障子で、隅に昔風な塗り箪笥がある。下の方の引出しはおさやの襦袢や小ものなどが入っているが、上の方の引出しには病人の見舞にと町の親戚からくれた森永ビスケットの罐などもしまわれているのである。坂口の爺さんは、自分の目的にばかり気をとられている人間のはたに無頓着な表情を血色の冴えない顔いっぱいにしながら、箪笥へ手をのばして、その上のラジオをねじった。
病人の頭の真上で、ラジオは大きな音で唸り出した。その音でぼんやり薄目をあけて彼を見上げた庄平にかまわず、坂口の爺さんは次の間へ来て、坐蒲団をさがしもせず縁のない畳の上へじかに坐った。そして、懐から畳んだ手拭を出し、その手拭の間から一枚の印刷したケイ紙をとり出して畳の上にひろげた。その紙の上に、つくばうような恰好で坂口の爺さんはかがみかかった。永年の農家仕事で、指の先の平たく大きくなっている右手には短い一本の鉛筆がある。
ラジオはすぐ「経済市況を申しあげます」と、歯切れのいいような、追い立てられるような口調で云い出した。
「新東百五十三円丁度、ふた十銭やす。親鐘ふた百八十五円丁度。高値五円とお銭。新鐘ふた百七十円八十銭、ふた十銭やす」