播州平野
本文約105,700字 ・ 読了時間 約212分
あらすじ(AIが作成しました)
1945年8月15日、東北の町で疎開生活を送るひろ子一家は、ラジオの玉音放送を通じて無条件降伏を知る。歴史的な転換点を迎えた深い沈黙の中、一家はそれぞれの思いを抱える。その後、ひろ子は播州平野を移動する中で、国道の風景や周囲の人々の動きを目の当たりにする。復興へ向かう激動の時代背景の下、荷馬車で移動する道中で出会う若者たちの姿や、変化していく日本の風景を通じて、ひろ子の内面的な変化と再生への歩みを描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
一九四五年八月十五日の日暮れ、妻の小枝が、古びた柱時計の懸っている茶の間の台の上に、大家内の夕飯の皿をならべながら、
「父さん、どうしましょう」
ときいた。
「電気、今夜はもういいんじゃないかしら、明るくしても――」
茶の間のその縁側からは、南に遠く安達太郎連山が見えていた。その日は午後じゅうだまって煙草をふかしながら山ばかり眺めていた行雄が、
「さあ……」
持ち前の決して急がない動作でふり向いた。そして、やや暫く、小枝の顔をじっと見ていたが、
「もうすこしこのまんまにして置いた方が安全じゃないか」
と云った。
「――そうかもしれないわね」
小枝は従順に、そのまま皿を並べつづけた。
台の端に四つになる甥の健吉を坐らせ、早めの御飯をたべさせていたひろ子は、この半分息をひそめたような、驚愕から恢復しきれずにいる弟夫婦の問答を、自分の気持にも通じるところのあるものとしてきいた。
東北のその地方は、数日来最後の炎暑が続いていて、ひどく暑かった。粘土質の庭土は白く乾きあがって深い亀裂が入った。そして毎朝五時すぎというと紺碧の燦く空から逆落しのうなりを立てて、大編隊の空襲があった。
前夜も、その前の晩もそうであったように、八月十四日の夜は、十一時すぎると空襲警報が鳴り、午前四時すぎ迄、B29数百機が、幾つもの編隊となって風のない夏の夜空をすきまもなく通過した。おぼつかないラジオの報道は、目標は秋田なるが如しと放送していたが、それを信じて安心しているものは一人もなかった。富井の一家が疎開してきて住んでいる町の軍事施設や停車場が猛烈な空爆をうけたとき、空襲警報のサイレンは、第一回爆撃を蒙って数分してから、やっと鳴った始末であった。