何が 南京鼠だい
『エミやあ! エー坊! エンミイ― おい、エミ公! ちょっと来てくれよオ、大変々々!』出勤際に、鏡台へ向って、紳士の身躾をほどこしていた文太郎君が、突然叫びたてました。
『なあに? なんて、けたたましい声を出すの? お朔日の朝っぱらから気の利かないブン大将』
妻君のエミ子が、台所から米国製の花模様のあるゴムの前掛で、手をふきながら出て来ました。
『まあ頭を、ちょっと嗅いでみておくれ? 臭いの何んのって!』文太郎君は顰めっ面をしながら、もみ苦茶になった頭をさし出しました。
『どうしたの? コリス?――』
コリスと云うのは希臘語で、その昆虫の名前だと、或る大学生が何時かエミ子に教えてくれたのです。
『違うよ。ウイスキイだよ。頭が、ウイスキイなんだってば……』『まあ、本当だわ。ぷんぷん――迚も、景気のいい香よ。でも、何だって今時分酔っぱらっちゃったの。あんたの頭?』
エミ子は兎も角、タオルで、ゴシゴシと旦那様の頭をこすってやりました。
『オウ・デ・コロンをつけたんだよ。四七一一番のオウ・デ・コロンはアルコオルがうんと入っていて、古くなるとウイスキイに変質するって話でも、聞いたことあるかい?』
『何を云ってんの、莫迦々々しい! あたしが、今朝わざと取り更えて置いたんじゃありませんか。あんたが、いくら不可ないって云っても、あたしのオウ・デ・コロンをフケ取りの香水の代りに使うから、懲しめのためにやったの。ウイスキイに両替すれば、勿体ないってことがあんたにも解ったでしょう。いい気味だわ。』
『畜生! 不礼者!』文太郎君は、タオルをかぶった儘頭をふりたてました。
『そんなに憤るもんじゃないわ。今日は、だって、四月一日よ。』『四月一日が如何した?』
『あら、あんた四月馬鹿を知らないの?』
『出鱈目云うない。そんなもの知ってるもんか!』