本文へ移動
TORENDIA

アンドロギュノスの裔

本文約5,700字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

騎兵連隊の下士官であるY君は、ある悲劇女優に片思いをし、日課として彼女の住居近くの公園へ通う。ある日、その家の女中に声をかけられ、女優に恋をしていると誤解された女中と成り行きで交際を始める。しかし、これは女中たちの賭けによる誘惑であった。その後、Y君は別の女性と結婚し、平穏な生活を送る。

渡辺温

速度
🎧 アンドロギュノスの裔 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 8

――曾て、哲人アビュレの故郷なるマドーラの町に、一人の魔法をよく使う女が住んでいた。彼女は自分が男に想いを懸けた時には、その男の髪の毛を或る草と一緒に、何か呪文を唱えながら、三脚台の上で焼くことに依って、どんな男をでも、自分の寝床に誘い込むことが出来た。ところが、或る日のこと、彼女は一人の若者を見初めたので、その魔法を用いたのだが、下婢に欺かれて、若者の髪の毛のつもりで、実は居酒屋の店先にあった羊皮の革袋からり取った毛を燃してしまった。すると、夜半に及んで、酒の溢れている革袋が街を横切って、魔女の家の扉口迄飛んで来たと云うことである。

頃日読みさしのアナトール・フランスの小説の中にこんな話が出ていた。

魔女の術をもってしても、なお斯の如きままならぬためしがある。

だが、たとえば、アメリカの機械靴の左右を合わせるのに、ほんの寸法だけで左足の堆積と右足の堆積とから手当り次第に掴み取りして似合の一対とするように、人間が肢を八本もっていたアンドロギュノスの往古に復り度い本能からばかりならば、幾千万の男と幾千万の女との適偶性もまた幾千万と云わなければならない。思うに天のアフロバイテを讃える恋の勝負は造化主の意思の外にあるのであろう。神さまは、ただ十文半の黄皮の短靴の左足は十文半の黄皮の短靴の右足こそ応わしけれ、と思し召すだけに違いない。

男と女。男と女。――たった二種類しかない人間が、何故せつない恋に身を焦がしたりしなければならぬのであろうか?

*

Y君が片恋をした。

相手は比の頃、ベルクナルにも劣るまいと評判の高い活動写真の悲劇女優である。

それに引きかえてY君は、第三十騎兵連隊勤務の一等安手の下士官の身分に過ぎないのだから、この恋に到底望みのなさそうなことを杞虞する程の己惚れさえも持ち合わせない。はじめは当り前のファンで、週末の休み日毎に、たとい二度三度見直す同じ狂言であろうとも、きまって彼女の出る映画ばかりを漁っている中に、だんだん彼女の何時も深い愁しみに隈どられた面輪が、頭の中のスクリインに大写しのようにいっぱいに映ったまま消えなくなったのである。

渡辺温の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本