ロンドン一九二九年
本文約30,300字 ・ 読了時間 約61分
あらすじ(AIが作成しました)
一九二九年夏のロンドンへ到着した日本女が、乗合自動車に乗って街を巡る。彼女は整然とした住宅街と、荒廃した場末の下町という二つの表情を持つ都市の光景を眺め、人々の暮らしや労働の実態を観察する。遊覧自動車による東端の見学を通じて貧富の格差を目の当たりにし、夜の街に響く国歌や路傍での政治演説を耳にしながら、近代大都市ロンドンの多面的な姿と、そこに息づく多様な階層の人々の営みを描き出していく。
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手提鞄の右肩に赤白の円い飛行会社のレベルがはられた。「航空ユニオン。27」廻転するプロペラーの速力を視覚に印象させるような配列法でこまかく、赤白、赤白。
[#ここから2段組み、横書き、底本では前後の文とは改行しない]
巴里。 ロンドン。 リオン。 マルセーユ。
9.オーブル通 ヘイマーケット パレス・ホテル 1.パーベル通
[#ここで2段組み終わり]
レベルは射的店の風車に似ている。
四時間前、鞄は巴里の飛行会社で白エナメルの計重器の上にあった。いまそれはロンドンのただなかにある。ホテルの古風なセセッション式壁紙の根っこに置いてある。
少しばかりの着物の束を押しつけてオリーブ色の手帳、大日本帝国外国旅券NO・084601が入っていた。あっちこっちで引くり返され端がささくれ始めた第七頁には携帯人の写真、第十五頁に英国旅券掛の紫スタンプが七シリング六ペンスの皇帝ジョージの横顔の上に押してあった。そして書いてある。三週間以内ノ英国滞留ヲ許可ス、と。
手に赤い厚紙切符を握り日本女は乗合自動車に乗っていた。乗合自動車は二階だ。黄、赤、黒の英国式色調だ。辻々でヘルメットをかぶった六フィートの巡査の合図にしたがって止る。ある場所では長く待つ。「待って見ていよう」世界的に有名な一英国の標語に従って日本女はバスの窓からロンドン市を眺め渡した。