ある遊郭での出来事
本文約5,600字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
ある遊郭で起こる凄惨な事件や心中、娼妓たちの過酷な境遇を綴る。強盗犯がかつての娼妓を殺害する事件をはじめ、客による心中未遂や、死した娼妓に対する楼主の損害を憂う冷淡な周囲の反応を描く。また、病に倒れても帰る家を失い、検診に送られる娼妓たちの悲惨な現実を浮き彫りにし、遊郭という制度の下で生命が安価に扱われる実態を批判的に考察する。最後に、彼女たちがいつかこの境遇から救われ、太陽の下で生を全うできる日が来ることを切実に願う。
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1 大泥棒の客
ある晩、F楼の亭主が隣家のH楼の電話を借りにいった。
Fにも電話があるのに自分の処へ借りに来たものだから、H楼の亭主は何事かと思って、
『お宅の電話は、どうかしましたか?』
と訊いた。
『ナニ、警察へちょっと……野郎感づくと遁がしちまうから……』
F楼の亭主はそういいながら電話室へ入ると、じきに電話を切って出て来たが、馴れ切った中にも、流石に異常な緊張を見せてそそくさと出ていった。
それからすぐにH楼の亭主も、帯をぐっと締めなおして仲間の義理からF楼の帳場へ出掛けていった。
すると間もなく警察から私服の刑事がドヤドヤF楼の店へ入っていった。
刑事の一人が二階へ上がると、他の二人は階段の下で待っていた。
今にも階上で格闘が始まり、凄い物音の起こるであろう事を予期して、階下では皆身構えて固唾を嚥んでいた。
およそ十分許りも静かに時が経過した。
すると張りあいがない、ノッシ、ノッシと階段を下りて来た大男は、観念してるもののように平静に階下の刑事と面接した。
男の皮膚は赤銅色をして大きい目鼻は怪鳥のような凄みを持った、馬鹿にのっぽな、カインの末裔を思わせるような人間だった。身には少年の着物のようにゆきたけの短い紺絣の筒袖を着ている。
その背後から刑事と二人で下りて来たのは、買われた娼妓の九重だった。
蒼ざめた、然し思い詰めた表情をして、彼女は階段の下に立っていた。
客と刑事とは二三何か問答をして、腰縄を客に打って、一同は店の土間へ降りようとした。降りかけて客は九重の方を顧み、眼で刑事に哀願してから、また九重の傍に戻って来た。男は九重の首を抱き込むようにして、彼女の耳に何事をかささやいた[#「ささやいた」は底本では「さささやいた」]。
彼女は身を縮めて、耳を掩うように手を当て眼を閉じていた。
男は前科五犯という強竊盗でこの近郊の産であった。近頃何かの罪で、県下の各警察が捜していた犯人なので、その九重に別れる際いい置いた事は、
『おまえに預けた短刀の事は、決して口外してはならぬぞ、もし口外してくれる時は、必ず出獄後に返礼をする』