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TORENDIA

ヒューマニズムへの道

本文約12,300字 ・ 読了時間 約25分

あらすじ(AIが作成しました)

思想犯保護施設を描いた加賀耿二の小説「希望館」などを題材に、当時のプロレタリア文学における人間性の扱いや、社会運動の退潮後に見られる作家の傾向を論じる。階級と人間性を切り離して描く作風を批判し、社会の現実と結びついた新しいヒューマニズムのあり方を提唱する。自身の生活に身を投じることで、インテリゲンツィアが本来持つべき強さと、芸術が備えるべき客観的で歴史的な視点について考察を深める評論である。

宮本百合子

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加賀耿二氏の「希望館」という小説が三月号の『中央公論』に載っている。

僧侶によって経営される思想犯保護施設である希望館の内部生活の描写とその屈辱と汚穢に堪えきれなかった仙三という主人公が、大阪太陽新聞主催の見世物めいた座談会の席上で、希望館同宿人の中で最も卑屈狡猾な江沼という男を殺傷する場面で終っている。

この作者は、題材的には、常に実際の生活の中に起った出来事を取り上げてゆく或る意味での積極性を持っている人である。先頃もオリンピック熱に煽られた工場内のスポーツが女工を悲惨な死に陥れた話が書かれていた。

プロレタリア文学運動が、運動として退潮して後、民衆の生活を直接取り上げてゆく作家として加賀氏はプロレタリア文学の正当な要素の受け継ぎ手の一人であるかのように一部の読者に思われている。しかし、一人の作者がその題材でだけ刻下の現実の一面に触れているというばかりで、果して現実をプロレタリア作家としての立場で描き得ていると言い得るものであろうか。プロレタリア文学が運動としての形を失っているからと言って、プロレタリア文学の作品の実質が、最少抵抗線に沿った目安で評価されてよいものであろうか。「希望館」という一篇の小説は私にさまざまの疑問を与えた。

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