文芸時評
本文約6,800字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
宮本百合子が時局下における作家の姿勢や文学的動向を論じる評論である。北支問題に際し、作家が現実を透徹した洞察力で描くことの重要性や、スペインの内乱が文化擁護に果たす役割を説く。また、中本たか子や池田小菊らによる作品を分析し、現代の社会生活や作家が直面する困難、人間的な良心の発展を考察する。特に舟橋聖一の作品を例に、知識人としてのヒューマニズムの変容と、歴史的動向を捉える作家の責任を厳しく問い直す論考を収める。
💰 この本を応援する(投げ銭)
時局と作家
浪漫主義者の自己暴露
九月の諸雑誌は、ほとんど満目これ北支問題である。そして、時節柄いろいろの形で特種の工夫がされているのであるが、いわゆる現地報告として、相当の蘊蓄をもってその人なりの視点から書かれているのは『改造』山本実彦氏の「戦乱北支を行く」である。同じ『改造』に吉川英治氏の「戦禍の北支雑感」がある。これを読むと吉川氏のようにある意味ではロマンティックな高揚で軍事的行動を想像の上で描き出していた人でも、悲惨の現実、複雑な国際関係の実際を目撃すると、締って来るところもあることがうかがえるのである。
今度の事変がはじまってまだ間もなかった時、尾崎士郎氏が時局と作家の関係について感想を新聞に発表されていたことがあった。尾崎氏らしい感情の道をたどりつつも結論としては、どういう場合でも作家は作家らしく生きるべきであることを強調されていた。
九月号の『新潮』では「戦争と文学者」という項を設けて、この問題をとり上げている。作家が益々作家として生きんとする欲求はここにもそれぞれの作家の持味をもって表現されているのである。ダヌンツィオが飛行機で飛びまわってヒロイズムを発揮したような時代からこのかた、今日の世界の動きとその間に生きる作家の気持とは、いか程多角的に、観察と沈着と現実に対する透徹した洞察力を求めるところへ進んで来ていることであろう。吉川氏でさえその場へ行って見ていれば祖界間のデリケートな関係を反映して、文章の表現にも誇張的な日頃の持味を制している。林房雄氏あたりが「いのち」というような紙面で、ソ連を相手に見立てて盛な身振りをしていることなど、氏が褒めて欲しいところが案外そうでもない気受けというようなことではなかろうか。