野上彌生子様
私が女学校の五年生であった頃、多分読売新聞に御連載に成った「二人の小さいヴァガボンド」を、深い感銘を以て拝読して以来、御作はいつも、密接な心的関係を保って、今日に至っております。
それは勿論、貴女が自分の志す道の先達であられるということもございましたろう。
けれども、それより直接に強く私の心を捕えたものは、御作を透して感じずにはおられない、独特の貴女でございました。その貴女は、ひどく私共のものなのです。然し私自身ではない――つまり、それによって、私が慰撫され、啓発され、人間らしい豊富な感情の一面を感得するものでありながら、自身の裡には乏しくほか生来持合わせない何ものかを、貴女の性格には豊饒に賦与されておられるということなのでございます。
貴女の御作を読むほどの者は、恐らく何人も、女性でさえも胸を和らげられるように感ずる maternal tenderness を認めずにはおれませんでしょう。
作品に漂う独特な優雅や敏感、または、人類の理想的生活に対する憧憬、現実に対する批判、永遠に達せんとする叡智等も、皆、ここに還るべき故国を持っているのではございますまいか。maternal tenderness という概念は普遍的であると存じます。然し、それが或る人格の裡に、如何なる量で摂取せられたかということに成ると、非常に個性的な、各自の気質の問題に成るのではございますまいか。
そうだとすると、最も独特な個性的気質によって創造されて始めて価値のある或る人の芸術が、気質の著しい一底流を反映せずには在りようのないのは当然でございましょう。
若し、私の感受性を信頼すれば、私は、「新しき命」に納められた数篇の中に、明にその独自な気質の映像を認められると存じます。
「二人の小さいヴァガボンド」は、内容に、種々な価値の問題、教育、宗教に対する考察、或は子供と大人の世界の差異に対する精密な観察等が含まれているにも拘らず、芸術品として、読者の心に喚起した創造的な共鳴は、矢張り、貴女の御作に接せずには得られない、一種の人格的精神感銘であると存じます。芸術の真価はそこにあるのではございますまいか。