TRENDIA CLASSIC

「健やかさ」とは

宮本百合子

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二月十一日の祭日に、日劇のまわりで演じられた数万の群集の大混乱が、何か一つの事件めいた感銘を一般に与えて、あの事から様々の反響――手近に云えばこれまでパン屋のよこにつくられた列もいけないことになったというような影響を示しているのは、何故だろう。

消防自動車が出てもその場を去らず、やがて百名の警官が出動して、丸の内署長がバルコニーから演説して、やっと群集が散った後には、主を失った履ものだの、女の赤いショールだのが算を乱していたという記事は、その場に居合わせなかった私たちにも、竦然とした感じで生々しい。

私たち誰でもが昨今のひどい人出の混雑ぶりを知っている。その混雑の荒っぽさというものをもつくづく身にしみて感じている。この広い東京の、これだけの人数の中で、僅か数万の男女が、或る日日劇のまわりをとりまいて犇き合ったというだけのことなら、それはその日のそのことだけの見っともなさの範囲で終ったであろう。

長く尾をひいてそこから様々の問題がひき出されて来ているのは、あの一事が偶然ではなくて、そこに何かこの頃の世態人情の気の荒さ、ともかく体の力で押して行け式の盲動性などが、その底に複雑な人心の機微を包んで発動しているからだろう。

心の満ち足りた民は、ああいう騒ぎかたはしまいと思う。そこに今日の課題としての深刻さがある。それに、その騒ぎをおこした大群集の七分が男、三分が女。更にその七分の男の半数は何割偽学生があったのか。ともかく学生服であったということも、世間の特別な注目をひいた。

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