七宝の柱
本文約8,600字 ・ 読了時間 約18分
あらすじ(AIが作成しました)
五月の寒空の下、平泉を訪れた語り手は、毛越寺や中尊寺の国宝、光堂を巡覧する。旅の途中で、往時の豪奢な面影を伝える名所旧跡を車夫の案内で巡り、古戦場の歴史や静寂に包まれた景観を辿る。道中で出会う地元の人々の親切なもてなしや、旅籠での食事を交えつつ、東北の歴史的な土地で古の戦の残影や情趣を感じながら旅を続ける様子を描く。
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山吹つつじが盛だのに、その日の寒さは、俥の上で幾度も外套の袖をひしひしと引合せた。
夏草やつわものどもが、という芭蕉の碑が古塚の上に立って、そのうしろに藤原氏三代栄華の時、竜頭の船を泛べ、管絃の袖を飜し、みめよき女たちが紅の袴で渡った、朱欄干、瑪瑙の橋のなごりだと言う、蒼々と淀んだ水の中に、馬の首ばかり浮いたような、青黒く朽古びた杭が唯一つ、太く頭を出して、そのまわりに何の魚の影もなしに、幽な波が寂しく巻く。――雲に薄暗い大池がある。
池がある、この毛越寺へ詣でた時も、本堂わきの事務所と言った処に、小机を囲んで、僧とは見えない、鼠だの、茶だの、無地の袴はいた、閑らしいのが三人控えたのを見ると、その中に火鉢はないか、赫と火の気の立つ……とそう思って差覗いたほどであった。
旅のあわれを、お察しあれ。……五月の中旬と言うのに、いや、どうも寒かった。
あとで聞くと、東京でも袷一枚ではふるえるほどだったと言う。
汽車中、伊達の大木戸あたりは、真夜中のどしゃ降で、この様子では、思立った光堂の見物がどうなるだろうと、心細いまできづかわれた。
濃い靄が、重り重り、汽車と諸ともに駈りながら、その百鬼夜行の、ふわふわと明けゆく空に、消際らしい顔で、硝子窓を覗いて、
「もう!」
と笑って、一つ一つ、山、森、岩の形を顕わす頃から、音もせず、霧雨になって、遠近に、まばらな田舎家の軒とともに煙りつつ、仙台に着いた時分に雨はあがった。
次第に、麦も、田も色には出たが、菜種の花も雨にたたかれ、畠に、畝に、ひょろひょろと乱れて、女郎花の露を思わせるばかり。初夏はおろか、春の闌な景色とさえ思われない。
ああ、雲が切れた、明いと思う処は、
「沼だ、ああ、大な沼だ。」
と見る。……雨水が渺々として田を浸すので、行く行く山の陰は陰惨として暗い。……処々巌蒼く、ぽっと薄紅く草が染まる。嬉しや日が当ると思えば、角ぐむ蘆に交り、生茂る根笹を分けて、さびしく石楠花が咲くのであった。
奥の道は、いよいよ深きにつけて、空は弥が上に曇った。けれども、志す平泉に着いた時は、幸いに雨はなかった。
そのかわり、俥に寒い風が添ったのである。