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TORENDIA

古狢

本文約19,700字 ・ 読了時間 約40分

あらすじ(AIが作成しました)

久しぶりに故郷へ帰省した男が、従妹であるお町と共に、宍道湖を望む市場を訪れる。かつて蓮池と呼ばれたその場所にある市場で、男は「狢の湯」という奇妙な温泉の存在を知る。そこは昔から狐や狢にまつわる不思議な噂が絶えない土地であった。かつてこの地で起きた女性・お藻代にまつわる不可解な事件と、再会した女性たちに重なる影を辿りながら、男は目に見えない恐ろしい因果と魔の存在を確信していく。

泉鏡花

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「しゃッ、しゃッ、しゃあっ!……」

寄席のいらっしゃいのように聞こえるが、これは、いざいざ、いでや、というほどの勢いの掛声と思えば可い。

「しゃあっ! 八貫―ウん、八貫、八貫、八貫と十ウ、九貫か、九貫と十ウだ、……十貫!」

目の下およそ八寸ばかり、濡色の鯛を一枚、しるし半纏という処を、めくら縞の筒袖を両方大肌脱ぎ、毛だらけの胸へ、釣身に取って、尾を空に、向顱巻の結びめと一所に、ゆらゆらと刎ねさせながら、掛声でその量を増すように、魚の頭を、下腹から膝頭へ、じりじりと下ろして行くが、

「しゃッ、しゃッ。」

と、腰を切って、胸を反らすと、再び尾から頭へ、じりじりと響を打たして釣下げる。これ、値を上げる寸法で。

「しゃッ、十貫十ウ、十貫二百、三百、三百ウ。」

親仁の面は朱を灌いで、その吻は蛸のごとく、魚の鰭は萌黄に光った。

「力は入るね、尾を取って頭を下げ下げ、段々に糶るのは、底力は入るが、見ていて陰気だね。」

と黒い外套を着た男が、同伴の、意気で優容の円髷に、低声で云った。

「そう。でも大鯛をせるのには、どこでもああするのじゃアありません?……」

人だちの背後から覗いていたのが、連立って歩き出して、

「……と言われると、第一、東京の魚河岸の様子もよく知らないで、お恥かしいよ。――ここで言っては唐突で、ちと飛離れているけれど、松江だね、出雲の。……茶町という旅館間近の市場で見たのは反対だっけ――今の……」

外套の袖を手で掲げて、

「十貫、百と糶上げるのに、尾を下にして、頭を上へ上へと上げる。……景気もよし、見ているうちに値が出来たが、よう、と云うと、それ、その鯛を目の上へ差上げて、人の頭越しに飜然と投げる。――処をすかさず受取るんだ、よう、と云って後の方で。……威勢がいい。それでいて、腰の矢立はここのも同じだが、紺の鯉口に、仲仕とかのするような広い前掛を捲いて、お花見手拭のように新しいのを頸に掛けた処なぞは、お国がら、まことに大どかなものだったよ。」

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