十歳以前に読んだ本
本文約2,100字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
美濃の太田で育った幼少期を振り返り、十歳以前に触れた書物が自身のその後の文筆活動や演劇への関心にいかなる影響を与えたかを綴る。寺子屋に通う以前の自由奔放な読書環境の中で、『実語経』や『論語』といった素読の経験から、草双紙や稗史に親しんだ記憶を紐解く。幼き日のこうした無意識の読書体験が、その後の小説家、英文学者、脚本家としての道筋を決定づける種子であったと位置づけ、少年たちへ真摯な修養の重要性を説く。
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私は過去を語るのが強ち嫌ひといふ訳でもないが、前へ向つてする仕事が比較的忙しかつたので、曾て昔話をしたことが無い、随つて古い事はずん/″\忘れてしまつた。さうでなくとも、地体が記憶力の弱いはうで、忘れる事につけては名人なのだから、爰にかういふ題を掲げて見たものの、ねっから何も思ひ出せない。併し、若し其忘れっぽい私ですら、今尚ほ覚えてゐるといふ、十歳以前の熟読書といつたやうなものがあつたら、それは何等かの意味で注意するに足ることかも知れない。
私は十歳以前は、美濃の太田といふ尾張藩の代官所で育つた。其頃はちょうど維新の真最中でもあり、十人の同胞中の一番末の子であつて、比較的甘く育てられて、怠け者でもあり、処は田舎でもあり、かた/″\で、十一歳の年に名古屋へ移住したまでは、殆ど何等の規則立つた教育といふものは受けたことが無かつた。寺子屋へ通つたのさへも、名古屋へ移つてからのことである。習字や素読さへも、最初は兄に、後には姉婿に教はつたのみであるから、教へるはうも不規則、習ふはうは尚ほの事、互ひに気儘や我儘が勝つので、厳しく叱られて泣面になつたことの多い割合には、習ふことが身に沁みず、只ぶら/″\と月日を過し、閑さへあればたわいもない、くだらん本ばかり読み耽つてゐたものである。併し今になつて考へると、其頃目に触れたくだらない本が、今尚ほかすかに幾らかの印象を残してゐるのみでなく、私の過去数十年間の仕事に、自分では心附かなかつたけれども、始終何等かの影響を及ぼしてゐたやうに思はれるから、おそろしい。