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TORENDIA

茶話

本文約950字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

山ぞひの二また道で出会った若い男女が、人通りのない薄暗い渓谷へと連れ立って歩く。道中で女が、男に無理やり接吻されるのではないかと不安を口にすると、荷物を抱えて身動きの取れない男はそれを否定する。しかし女が接吻に至る手順を具体的に例示して語ると、男は次第にその気になり、実行に移す。本作は、男女の会話から生じる心理的な暗示が人の行動を決定づける様子を綴る。

薄田泣菫

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🎧 茶話 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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暗示5・1 中央公論

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かういふ話がある。

ある時、山ぞひの二また道を、若い男と若い女とが、どちらも同じ方向をさして歩いてゐたことがあつた。

二また道の間隔は、段々せばめられて、やがて一筋道となつた。見ず知らずの二人は、一緒に連立つて歩かなければならなくなつた。

若い男は、背には空になつた水桶をかつぎ、左の手には鶏をぶら提げ、右の手には杖を持ちながら、一頭の山羊をひつぱつてゐた。

道が薄暗い渓谷に入つて来ると、女は気づかはしさうに言葉をかけた。

「わたし何だか心配でたまらなくなつたわ。こんな寂しい渓谷を、あなたとたつた二人で連立つて歩いてゐて、もしかあなたが力づくで接吻でもなすつたら、どうしようかしら。ほんたうに困つちまふのよ。」

「え。僕が力づくであなたを接吻するんですつて。」男は思ひがけない言ひがかりに、腹立ちと可笑しさとのごつちやになつた表情をした。「馬鹿をいふものぢやありません。僕は御覧の通り、こんなに大きな水桶を脊負つて、片手には鶏をぶら提げ、片手には杖をついて、おまけに山羊をひつぱつてるぢやありませんか。まるで手足を縛られたも同然の僕に、そんな真似が出来よう筈がありませんよ。」

「それあさうでせうけれど……」女はまだ気が容せなささうに言つた。「でも、もしかあなたが、その杖を地べたに突きさして、それに山羊を繋いで、それから背の水桶をおろして、鶏をそのなかに伏せてさへおけば、いくら私が嫌がつたつて、力づくで接吻すること位出来るぢやありませんか。」

「そんなことなんか、僕考へてみたこともありません。」

男は険しい眼つきで、きつと女の顔を睨んだが、ふとその紅い唇が眼につくと、なんだか気の利いたことの言へる唇だなと思つた。

二人は連立つて、薄暗い樹蔭の小路に入つて往つた。人通りの全く絶えたあたりに来ると、男は女が言つたやうに、杖を地べたに突きさして、それに山羊を繋ぎ、背の水桶をおろして、鶏をそのなかに伏せた。そして女の肩を捉へて、無理強ひに接吻したといふことだ。

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