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TORENDIA

追慕

本文約2,300字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

七月の陽光が降り注ぐ避暑地の湖畔で、作者は静かな孤独と魂の律動を感じながら、過去の記憶に想いを馳せる。自身の成長と共に変容する人間への理解や悔恨、そしてかつて深い感銘を受けた青年の先生に対する追慕の念を綴る。無知や苦悩を経て魂が洗練されていく過程で、自分に影響を与えた人々への感謝と、生命の営みに対する畏敬の念が静謐な祈りのような文体で描かれる。

宮本百合子

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🎧 追慕 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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今日は心持の好い日だ。

空がくっきりと晴れ渡って、刷き寄せられるような白雲が、青い穂先の楡の梢を掠めて、彼方の山並の間に畳まって行く。

凝と坐って耳を傾けると、目の下の湖では淡黄色い細砂に当って溶ける優婉な漣の音が、揺れる楊柳の葉触れにつれて、軽く、柔く、サ……、サ……、と通って来る。心持のよい日だ。

私の周囲を取繞く総てのものは、皆七月の太陽を身に浴びて嬉々として輝やいている。田舎らしい単純と、避暑地のもつ軽快な華美とが見えない宙で溶け合って、一種の氛囲気を作っている此処では、人間の楽しい魂が、何時も花の咲く野山や、ホテルの白い水楼で古風なワルツを踊っているような気がする。

濃碧の湖には笑を乗せて軽舸が浮く。街道の古い並木の下では赤い小猿が、手提琴の囃子につれて、日は終日帽子を振る。銀灰色の猫の児は今日も私のポーチで居睡っているだろう。

周囲は陽気で健康で、美しい。けれども今日は心が淋しい。重い苦しい寂寥では無い。今日の空気のように平明な心が、微かながら果もなく流れ動く淋しさである。

隅から隅まで小波も立てずに流れる魂の上に、種々の思いが夏雲のように湧いて来る。真個に――。考えではない、思いである。

歌を詠みたい。けれども私に歌は出来ない。其故斯うして散文を書いて見る。今の私の心持には、此の散文も詩に近いような思いの律動を以て浮んで来るのである。

魂が洗練されない事は恐ろしい。人にも、自分にも沢山の見える見えない悲劇を与える。自分の為に或る幾つかの魂が苦しみ、歎き、沈黙の忍従に頭垂れていても、知らなければ解らない。無智は不明は、敵意の無い挑戦者である。

魂の深みを顧みて見ると、そういう風な悔恨を沁々と味わずには居られない。

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