鼠と鳩麦
本文約2,200字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
指の爪に出る白い星や、親との別れを暗示する魚の目について語り合う日常から物語は始まる。漢方薬として鳩麦を試す過程で魚の目が消えた不思議や、鼠が鳩麦を食べる巧みな様子を眺める一場面を通じ、作者は自身の生活を振り返る。日常に潜む些細な徴候や生き物の営みに触れながら、鼠の齧る音に人生の荒涼を感じ取り、静かな思索の時間を綴る随筆である。
💰 この本を応援する(投げ銭)
友達と火鉢に向いあって手をかざしていたら、その友達がふっと気づいたように、
「ああ、一寸、これ御覧なさい。こういうものがあなたの爪にあって?」
左の中指の爪のところをさすのを覗きこんで見ると、そこには薄赤い爪の中ごろに、すこし輪廓のぼやけた白い小花のような星が一つ出ているのであった。私はふーんと感心して、自分の十の指先を揃えて眺め直した。
「私にはないわ、そんなもの」
「そうでしょう? でも、私にはあるのよ。だから着物が出来るのよ」
そういう昔からの云いならわしがあるのだそうだ、私の指の爪に白い小さな星が出来ると着物がふえるという。
「だって――変ねえ……いつ本当に着物なんか出来るの?」
「きっとこの星の消えないうちなんでしょう」
は、は、は、は、とその友達は面白そうに笑った。毎日の暮しの事情はお互にわかっていて、その友達がきょうあす着物をこしらえることなど思いもよらないのであった。私は、
「白い星の代りにこんなもの持っている」
と右手の拇指を見せた。
「あら!」
友達は真顔になって、
「いつ出来たの?」
ときいた。
「いつだか。――何年かの間にいつの間にか出来ちゃった。変でしょう? 三つもこんな魚の目みたいなものが拇指にばっかり出来るなんて……」
「拇指に出来ると、親に死に別れるって云うのよ……当ってるのかしら」
おのずと低い真面目なような声になって友達が其れを云ったのは、私が数年前に母を失い、それから足かけ三年目の一月末に、父を喪っていたからであった。二つの説明はそれでつくとして、あともう一つの分はどういうことになるのだろう。そう思って、友達が当ってるのかしら、と疑わしく云う気持が私にわかるのである。私は拇指の腹を眺めて、やがて其の上をこするようにしながら、
「もしそうなら、誰でも一生には四つ出るわけね」
と笑った。
「だってさ、自分の親たちと、つれ合いの人の親たちと……」