五大堂
本文約16,900字 ・ 読了時間 約34分
あらすじ(AIが作成しました)
青柳子爵の令嬢糸子は、未来の夫と定められた相手を避けていたが、その男が病死したという噂に安堵する。一方、兄の房雄と交流がある小説家・今宮は、その艶やかな振る舞いから周囲に波紋を広げ、糸子や愛妾のお露を翻弄する。やがて糸子との浮名が報じられ、社会的な苦境に追い詰められた今宮は、逃げ場を求めて五大堂へと赴く。彼を追ってきた糸子と共に、二人は死の淵で結びつき、世間を騒がせる心中へと向かう。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
(一)
世にうれしき事はかずあれど、親が結びし義理ある縁にて、否でも否といひいでがたき結髪の夫にもあれ、妻にもあれ、まだ祝言のすまぬうち、死せしと聞きしにまさりたるはあらずかし。こゝに娘で名高き青柳子爵の一人姫糸子といへるも未来の夫とさだめし人の、心に染まぬそれ故に、うき年月をおくりしが、この頃おもき病にてうせしときゝしうれしさに、今まで青き顔色も、きのふにかはる美くしさ。しづみ心もうき立ちて、腰元どもを相手とし、遊びに余念もあらぬ折から、兄の房雄は入りきたりて「オヤ糸子さん、造花ですか、ヤア照も初も大変上手になつたね」といはれて二人ははづかしさうに「どういたしまして私どもはとてもお姫様のやうにはできませんもの」「いやさうぢやない、中々うまいよ」糸子はにこにこわらひながら「兄様、あなたには花籠をこさへて上げませうか」「アどうか……私には牡丹をこさへててうだい」糸子はさくらの葉に蝋を引ながら「牡丹は下手ですもの」「下手でもいゝの」「ぢやあしたまでね」「アア……それから今私は一寸学校に行てくるが、留守にいつもの丁さんが来るかもしれないから其時は糸子さん、否でもすこしの間話相手になツてゐて下さいよ、ぢきかへるから……ね、外の人ぢやないからいゝでせう」なに故か糸子は顔をあかめながら「ハイ私には面白いお話なんぞできませんけれども、照も初もゐますから屹度お引とめ申しておきますよ」と腰元二人の方を見る、照はすこし笑ひながら「どうして、私どもなんぞお引とめ申たつて、なんのかひも御座いませんが、お姫様がお引とめ遊すもんなら、どんなお忙しい時だつて、今宮様は屹度そりや、お帰りになる気づかひはありませんよね、お初さん」これもおなじく笑ひながら「ハアさうですとも、ね、若様、只今照が申通りで御座いますから、御心配なさらずと、早くお出遊ばせ。」
× × ×