本文へ移動
TORENDIA

五月の空

本文約4,900字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

五月の空を仰ぎ、新芽の息吹に満ちた季節の中で、執筆活動と自己の内面を見つめる女性の心情を綴る随筆。小説執筆の苦悩や、周囲の風景から受ける刺激、そして芸術への憧憬を詩情豊かに表現する。妻という役割や社会的な制約から解き放たれ、一人の裸形の人間として魂を響かせたいと願う著者が、原稿紙を友として、日々の驚きや父への思慕、生命の真髄を直観しようとする姿を描き、五月の輝きとともに自身の内面的な発育と祈りを瑞々しく映し出す。

宮本百合子

速度
🎧 五月の空 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 6

一九二二年五月

或午後、机に向って居ると、私の心に、突然、或諧調のある言葉が、感情につれて湧き上った。

丁度、或なおしものの小説を始めようかとして居、巧く運ばないので苦しかったので、うれしく其を書きしるした。

後、折々、そう云う現象が起る。

純粋に云って、詩と云うもののカテゴリーに入るか、如何うか、兎に角私にとっては、斯様な形式で書く唯一のものだ――私の詩と云える。

段々、かたくなく文字が流れ出す快感を覚える。何処まで、形式、内容が発達して行くか、

私にとっては、頭のためにも、感情のためにも、よい余技を見出した。

五月一日

あらゆるものが、さっと芽ぐみ、

何と云う 春だ!

自分の心は、此二十四歳の女の心は

知らない憧憬に満ち、

息つき、きれぎれとなり

しきりに何処へか、飛ぼうとする。

一つ処に落付かず

ああ 木の芽。 陽の光。

苦しい迄に 胸はふくれて来る。

*

心が響に満ち 音律に顫えて来ると

詩の作法は知らぬ自分も、うたをうたいたく思う。

何と表したらよいか 此の心持

どう云うのだろう 斯う云う 優しい 寂しい、あこがれの心は。

小説を書く自分は、辛くなり、

原稿紙をかなぐりのけて 眼を動かす。

見出そうとするように

此心を、さながらに写す 言葉か、ものかを

見出そうとするように。

*

それは、あの人の詩はよい。

優雅だ。 実に驚くべき言葉のケンラン。

けれども。――

そうです。あの方のも、素敵ですね。

放胆なイマジネーション。ファンタジア アラ……

然し。――私の心は、どうしても満足しない。

とん とん、と、胸に轟くこの響が、

あれ等の裡に聴えましょうか。

迫り、泣かせ、圧倒するリズムが

あれから浸透して来ますか?

ああ、私の望むもの、私の愛すもの

其は、我裡からのみ湧き立って来るものだ。

静に燃え、忽ちぱっとをあげ、

やがて ほのかに 四辺を照す。

*

新芽をふいた世界は

鋭角になり 緑になり

平面に延る人間の心を 擾乱する。

夜中の雨に じっとりと濡れ

膨らんだ細葉を 擡げ 巻き立ち

陽を吸う苔を見よ。音が聴えそうだ。

又は勁く、叢れ、さっと若葉を拡げた八つ手、

旺盛な精力の感、無意識に震える情慾の感じ。

電車の音、自動車の疾走

戸外は音響に充ち

宮本百合子の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本