TRENDIA CLASSIC

木蔭の椽

宮本百合子

1 / 4

今朝は、家じゅうが目醒しで起きた。Yが京都へ特急で立つのだ。ゆうべ、N氏のところを訪ね、十一時すぎに帰ってから風呂に入った。よく眠り、目醒しが鳴った始めの方を聞きとれなかったらしい。はっと気がついたら、茶の間で盛にオテテコテンテン、と陽気にオールゴールが鳴って居るのでびっくりした。家の目醒しは、引越し祝にN氏から贈られたもので、普通の目醒し時計のようにジジジジとただやかましくなるのではない。時間になると粤調、茉莉花という支那音楽の節をオールゴールで奏す仕掛けになって居る。それが、オテテコテンテン、オテテコテンテン、テンテンテンテーン、テコテンというように聞えるのだ。あわてて茶の間に出て見たら、きっちり片づいた卓子の上に一つころりとのって居る夏蜜柑に溢れるように澄んだ朝日がさして居た。

Y出かけてから、私は改めて一寝入りした。十時半頃起きた。今月は雨が多く、鬱陶しく壁の湿っぽいような日が続いたが、今日はまがうかたない六月の天気だ。爽やかで、初夏らしく暑い。暑く、外光の燦らかなのが心持よい。十七の女中と、閑静な昼食をたべた。――今頃、Yはどの辺だろう。汽車の中は今日のような天気では蒸すだろう。Yは神経質故、昨夜よく眠れなかった由……

「Yさん、きっと眠がって居らっしゃるよ今頃――」

読みかけて居た本など、いきなりバタリと伏せ

「眠い! 迚も眠い!」

と、駄々っ子のように急に眠たがるYの様子を思い浮べ、笑い乍ら云ったのだが、女中には気持通ぜず。彼女は、飯茶碗を胸に高く持って坐ったなり子供らしくツクン、ツクンするようにして意味なく頬笑んだ。

「お前、京都へ行ったことある?」

「いいえ、ありません」

宮本百合子の他の作品