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TORENDIA

町の展望

本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

山に囲まれた製糸工場の町で、休み日に寄宿舎から通りへ繰り出す若い工女たちの姿が、鮮やかな千代紙を散らしたように活気を持って描かれる。昼間の華やかな喧騒が消えた夜、宿屋の隣室から聞こえてくるのは、東京見物を計画する女たちと男の会話である。宿屋の客と噂される彼女たちの姿を垣間見、工場の煙突や工女の存在が風景の一部として溶け込むこの地で、日常的な色彩の氾濫と、その裏側に隠れた生々しい生活の断片を綴る。

宮本百合子

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🎧 町の展望 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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町から、何処に居ても山が見える。その山には三月の雪があった。――山の下の小さい町々の通りは、雪溶けの上へ五色の千代紙を剪りこまざいて散らしたようであった。製糸工場が休みで、数百の若い工女がその日は寄宿舎から町へぶちまけられた。娘、娘、娘、素朴でつよい百日草のような頬の娘達が、三人ずつ、五人ずつ到るところに動いて居る。共同温泉が坂のつき当りにパノラマ館のようなペンキの色で立って居た。入口のところで、久しぶりに悠くり湯で遊んで来た一人の小娘が、両膝の間でちょっと風呂敷包を挾んだ姿で余念なく洗髪に櫛を通して居た。髪はまだ濡れて重い。通りよい櫛の歯とあたたかそうな湯上りの耳朶を早い春の風が掠める。……空気全体、若い、自由を愉しむ足並みで響いて居るようであった。今日は書き入れ日だ! プーウ、プカプカ、ドン、プーウ。活動写真館の音楽隊は、太鼓、クラリネットを物干しまで持ち出し、下をぞろぞろ通る娘たちを瞰下しつつ、何進行曲か、神様ばかり御承知の曲を晴れた空まで吹きあげた。

「きみちゃん、おいでよ、これ」

「サア入らっしゃい! 入らっしゃい!」

下足番が垂幕の前で叫ぶ。物干しの上は風当りが強いが太鼓はそのまま、傍の小窓の敷居を跨いで先ず太鼓叩きが中へ入った。つづいて、クラリネットを片手に下げ、縞の羽織の裾をまくって

「うう寒い」

ひょいと窓へ吸い込まれて仕舞った。――然し音楽は消えたのではない。赤い爪革、メリンス羽織、休み日の娘が歌う色彩の音楽は一際高く青空の下に放散されて居る。――

町の人々はもう馴れっこに成ってしまったのだろう。よそから来た者の心に、これ等の常ならぬ町の光景は何か可憐な思いを伴って感じられた。夕方同じ町を歩いて見ると、昼間の色と動きは何処にもない。町は暗い。娘共はもうみんな何処へか帰って仕舞った。海辺で桃色の貝どもが、いつの間にか穴にかくれて仕舞ったような淋しさだ。

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